工房むうあと鉄の手仕事

鉄の彫刻家、吉田正純の手仕事、彫刻や展覧会の紹介、万善寺住職活動など、さまざまな日常を公開します。

ボクは方丈さん 

2016/08/26
Fri. 10:30

8月26日は記念すべき一日になりそうだ・・・などというと、何事かと思われるかもしれないが、別に大したことでもない。
久しぶりに、本当に久しぶりに午前中の2時間ほどがフッと空いたというだけのこと。

だいたいが、毎日自分で都合のいいように自由なスケジュールを調整して、さも「ボクはこんなに忙しくドタバタと働いているのだよ!」的に自己満足している程度のことなのだが、それはそれなりに、一般社会人には計り知れないほどの吉田独特の綿密なオリジナルスケジュールなるものが存在している。
先日、現代彫刻小品展の準備で会場になるガラス工芸館のことで訪問した先で、
「方丈さんはお檀家さん多いんですか?」とさり気なく聞かれて、返事に窮した。
「実態は50軒を切ってますね。だからこうして彫刻展の仕事もやりくりできるとこでもあるんですけどね」
「以前に、知り合いの方丈さんと旅行した時は、四六時中寺へ電話してましたよ。おばあさんはどうだとか、何か変わりはないかとか、大事な電話が入らなかったかとか・・・お檀家さんが多いと、それなりに忙しくて落ち着いて旅行も出来ないそうですわぁ〜」
「ハイ、そうでしょうね。万善寺は全くノープロブレムです。お檀家さんからは1ヶ月に1回も電話がかかることないですし・・」
そう答えたら、その人返事に困ってそそくさと自分の仕事に取り掛かられました。
確かに、そういう私のような坊主の暮らしが良いのか悪いのか判断に苦しむところだろうが、自分の許容量のことも思うとこの程度が妥当かなと今ではそれなりに納得している。
布施収入も高額であればソレにこしたこともないが、あればあったでもっと贅沢に気持ちが傾くし、無ければ無いなりに都合をつけてやりたいことを計画したり実行したりもできているから、ソレはソレで後腐れがなくてスッキリしている。

奥出雲町は、昔々尼子氏と縁が深かった関係か、私が坊主だと知るとだいたいすぐに「方丈さん!」と声をかけてくれる。毛利さんの勢力が強かった飯南高原や石見銀山だと、ほぼ普通に「ご院家さん」と呼ばれる。
要するに尼子さんは禅宗と縁が深く、毛利さんは浄土真宗と縁があったというだけのこと。
万善寺も、奥出雲町あたりにあったら、もっと楽に坊主家業が経営できていたかもしれない。展覧会の準備をしながら、そんな風に思った。

このところ、日暮れが日に日に早くなっている。
奥出雲町を起点に、万善寺や石見銀山を行ったり来たりしているから、道中山あり海ありところところの空が実に綺麗だ。
地元の地図が頭に無いと、全く風景が想像できないだろうが、展覧会の会場になる横田から三成を過ぎて大東方面へ抜ける街道を広報して回って、途中から木次方面へ抜けて出雲を目指した。その抜け道がなんともワイルドで思わずジィ〜〜ンとなってしまった。こういうところにも人の営みが絶え間なく続いているということに感動した。
その抜け道とつかず離れず、JR木次線が走っていて、横田まで続き、その先は日本でも珍しいスイッチバックの駅へ続く。

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