工房むうあと鉄の手仕事

鉄の彫刻家、吉田正純の手仕事、彫刻や展覧会の紹介、万善寺住職活動など、さまざまな日常を公開します。

年々好 

2016/08/26
Fri. 18:06

お昼前に8月最後の棚経へ出かけた。
3軒の御宅は、いずれも浄土真宗の門徒さん。
普通は、禅宗の万善寺が関わることもないのだが、その3軒は昔からの事情で毎年だいたい8月の終わりに棚経へ出かけている。
1軒は御宅の敷地内にお地蔵さんと観音様の祠があって安坐されている。その2体の仏さんは、その御宅が現在地へ転居される前の家にあったもの。仏さんだけをそのまま置き去りにもできないからと転居と一緒に遷座された。
2軒目はすでに90歳にはなるだろうおばあさんが守っていらっしゃる御宅の古墓供養。今年は、はじめておばあさんの御在宅がなかった。いつもは近所のご親族の御宅で暮らしていらっしゃるのだが、私が棚経へ伺う時は必ずその家を開けて待っていらっしゃった。そろそろ高齢で、少し前には近所の病院の待合室で見かけたりもしたから、体調も次第に弱っていらっしゃるのかもしれない。小学校低学年くらいの男の子を連れたお孫さんが代わりにお墓まいりの対応をしてくれた。上手に次の代まで引継ぎができている。こういう御宅は最近珍しくなった。
3軒目は元の家がダムの底に沈むことになって、先祖代々のお墓と一緒に転居された御宅。墓地墓石の移転遷座の時に万善寺の前住職へお世話になって、その関係が今の代(つまり私)まで続いている。お仏壇の前で棚経のおつとめをしてからお墓まいりをする。もう何年も続いているが、その間に、墓地の隣にある他家の墓石が野ざらしになったままで捨てられた状態だったのを、それはあまりにも可哀想だからと、その家とは縁もゆかりもないご主人が万善寺へ供養の相談をされた。まだ憲正さんが元気だった時のことだったが、そのお墓まで登るのが難しいからと副住職の私へ代行が回ってきた。それからご主人と相談して、このまま供養を続けるのも大変なことだし、結局は縁のないお墓なのだから、いっその事撥遣の法要にして御霊抜きをしたほうが良いのでは・・と提案して、熟慮の末、そうすることになった。それから後は、墓が藪に覆われて少しずつ山に戻っているが、それでもこうして年に1度の盆つとめのときには、洗い米を撒いてあげたりしてさりげなく気にかけて供養していらっしゃる。
浄土真宗さんでは仏事の認識が少しほど違っているようで、こういう古墓とか野仏さんとかの供養や祈祷のおつとめとは縁が切れているようだ。そういうこともあって、万善寺のような禅宗の寺へこういう話が舞い込んできたのだろうが、それもやっぱり施主さんの信心の心根によるから、気にしなければそれで打ち捨てられて終わりになってしまう仏事でもある。私の代になってからも、代替わりした後に観音堂の供養がなくなったりすることもかなりある。そういう施主さんは、これから先代々観音供養もないまま、お堂が朽ち果てるに任せて土になって消えてしまうのだろう。

久しぶりにSNSでノッチを見かけた。少々酔っ払って珍しく自撮りをしてしまったようだ。只今○○歳のノッチとしては、なかなか可愛らしく見える。帰国してこの数ヶ月の間、彼女なりにいろいろあったようだが、それでもそれなりにたくましく生きてしぶとく暮らしているようだ。一昔前なら、「便りがないのは元気の印!」などと親としては音信不通を意気がっていたものだが、現在ではこうしてさりげなくその時々の様子を確認できるから安心していられる。

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