工房むうあと鉄の手仕事

鉄の彫刻家、吉田正純の手仕事、彫刻や展覧会の紹介、万善寺住職活動など、さまざまな日常を公開します。

晩夏の吉田家 

2016/08/30
Tue. 10:48

ワイフのいない石見銀山の我が家へ帰った。
すでにキーポンは保育実習を終わって、約2キロの距離を歩いて帰宅していた。
ネコチャンズは、チラリと顔を見せたが、あとは何処かに紛れて姿を見せない。

現代彫刻小品展が始まってから雨がよく降るようになって、急に朝夕が冷え込むようになった。
暑い時の癖が治らないままパンツ一丁で寝ていたら、足の指先が冷えて夜中に目が覚めた。
隣では、娘ざかりのキーポンが爆睡している。
もうそろそろ、決まった彼氏が現れてもいいくらいの年頃だろうに、オヤジの隣でものすごい寝相で寝ているキーポンを見ると、なかなか複雑な思いだ。
夏になってほとんど毎日のように石見銀山の自宅を留守にしていたから、自宅のそこここがなんとなく微妙に荒れている気がする。
男手のない暮らしであったり、家族が一人減って少なくなった毎日が続くと、三度の食事や掃除洗濯の日常の家事に何処かしら手が回らなくなったりして荒んでくるのかもしれない。
朝から晩まで留守にして、1日のほとんどが家を閉めたままの毎日が続くと、それだけでなんとなく家の生気が失せてしまうような気もする。
ほんの20年ほど前は、家族6人がこの吉田家にひしめいていて、風呂やトイレの奪い合いをしていた。
今の吉田家の状態よりモノがあふれ散乱して、それわそれわずいぶん乱れ汚れていたはずなのに、それでも家の勢いもあって何処かしら賑わって華やかに感じられたりもした。
最小のコミュニティの荒廃はこうして始まって蔓延していくものなのだろう。

夕暮れから夜になろうとしている頃になって石見銀山の町並みへ結界君を乗り入れたら、町並みのちょっとした空き地へテントが雨に濡れながら残っていた。
石見銀山は前日の1日が「天領さん」のお祭りだった。
吉田家が石見銀山へ住み暮らし始めた頃は、7月の終わりから8月の初めにかけて大田市の各地で同時に開催されていた比較的大規模な地域振興の祭りになっていた。
当時はまだ元気のあった石州瓦の産地でもあったので、その瓦を使ったドミノ倒しがあったり、市内の企業や自治会の有志が集まって天領踊りを練り歩いたりしたし、海岸の町では盛大な花火大会で賑わった。石見銀山の町並みでは、本格的な時代衣装で装った大名行列が練り歩いて、町並みへ面した吉田家の一部屋を解放して「謎の似顔絵師」なる怪しいオヤジになりきったりしたこともあった。
雨に濡れながらすでに暗くなり始めた町並みへ奥出雲からの荷物を降ろしていると、あの頃の賑やかさが思い出される。

ノッチがSNSで浴衣を送ってくれと言ってきたから何か企んでいるなと思ったら、秋田の花火を見に行ったのだそうだ。彼女は、小さい時から花火が好きな娘だったが、どうやら今でも変わっていないようだ。

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