工房むうあと鉄の手仕事

鉄の彫刻家、吉田正純の手仕事、彫刻や展覧会の紹介、万善寺住職活動など、さまざまな日常を公開します。

吉田家改造進行中 

2016/09/15
Thu. 23:46

吉田家ギャラリーの本格的リニューアルに向けて、ひたすら断捨離の真っ最中。
昼間は工場で彫刻制作で、夕方から夜にかけて数年前まで機能していたギャラリーを片付けている。現在は物置き状態の部屋でゴソゴソと事務用品や工具や書類などの断捨離をしていると、クロが興味津々で活発にうろつきまわっている。

このギャラリーは最初にOPENする前に、ほとんど自力で数ヶ月かかって展示棚や壁面の塗装をしてそれらしく整えたことを思い出す。
コンパネをジグソーで裁断して棚にして、ホワイトのペンキを塗ったり、ジェッソにシェルマチエールを混ぜて凝った質感を演出したり、ペラペラのラワンベニヤはオイルステンで渋く仕上げたり、それなりにワクワクと楽しみながら作業をしていた。
あの頃は、キーポンもまだ小学生か中学生になったばかりだったと思う。私の作業が楽しそうに見えたのかもしれないが、けっこう真面目に手伝ってくれた。こうして、しばらくぶりに片付けをしていると、時々部屋の進捗状況を覗きに来る。私が忘れているようなことでも、彼女はとても良く覚えているから感心する。たぶん、この調子だとキーポンが学業に戻って吉田家からいなくなったくらいに業者さんが入ってくることになるだろう。

今床に敷いているカーペットは、私が東京で一人暮らしをしている時に買ったもので、長い間ダラダラと付き合っていたワイフと結婚して島根へUターンして帰る時に、それをシビックの天井へくくりつけて持って帰ったものだ。
上京して4年ほどは北向き角部屋共同トイレすぐ横の四畳半という、絵に描いたような貧乏学生の暮らしをしていた。確か、部屋代が1ヶ月7500円で、光熱水費が2000円だった。その部屋は、2月から暮らし始めて、5月の連休前にはアルバイトをはじめて、寺からの仕送り2万円とそのバイト料で画材などの教材費と銭湯その他の生活費を捻出しながら慎ましく暮らしていた。アパート契約が2年更新だったから、思い切って6畳の部屋に引っ越した時に駅前の商店街で買ったのが今のカーペットだ。つまり、だいたい40年間使い続けていることになって、感傷的に云うと、「ボクの青春がタップリ詰まった思い出いっぱいのカーペットなのだ!」という訳。それを今回のリニューアルで思い切って処分しようとしている。使えば特に問題なく使い続けることも出来るだろうから、ヒョットしてこれから気持ちが変わってどこか別の部屋とか別のところへ持っていって私が死ぬまで使い続けるかもしれないが、今は捨てる方向で決めている。

キーポンの就職が内定した。来年の2月くらいには、18歳の私が一人暮らしをはじめたように20歳のキーポンの一人暮らしが始まる。
私が留守の間から吉田家四畳半を占領されているから、最近はキーポンの部屋へ避難している時間が増えた。この部屋はじゅん君から引き継いだもので、彼の大暴れした壁の穴はミニーちゃんのタピスリーで塞がれて女の子らしい部屋に変わっている。勉強机もお兄ちゃんから受け継いだものだが、結局使うことの無いまま物置きになっていた。

その時々のことを思い出してしまうととたんに断捨離を躊躇してしまう。それでも、1年以上同じ場所でピクリと動かないものは今の自分にとって必要のないものなんだよね。

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