工房むうあと鉄の手仕事

鉄の彫刻家、吉田正純の手仕事、彫刻や展覧会の紹介、万善寺住職活動など、さまざまな日常を公開します。

褒められて育つ 

2016/09/30
Fri. 11:46

保育実習や近所のショップのアルバイトで帰省していたキーポンが学業へ帰って、久しぶりにワイフとネコチャンズと2人と2匹の静かな暮らしに戻って少しは落ち着くかと思っていたら、今度は海士町暮らしのじゅん君が研修出張とかで帰省した。
いい歳をして、研修先の何処か近所で宿泊すればそのほうが楽だろうにと思うし、自分だったら絶対そうするだろうなと思うのだが、彼はオヤジの意見を簡単にスルーして母親に甘えてくる。ワイフの方も満更でもない様子で、何かしら面倒がりながら「仕方ないわねぇ〜」などと、じゅん君の無茶振りに反応して甲斐甲斐しく動いている。そういうワイフが自分の都合でどうにもならない時はイヤに他人行儀に低姿勢で私へ頼ってきたりして、どうも居心地の定まらない吉田家になっている。
こうして、1年のうちに5日と吉田家に寄宿するかどうかの疎遠な親子関係が長く続いていると、何かしらどこかしら意思の疎通なるものがギクシャクしてお互いに遠慮気味になっているところは、やはり男同士だということが関係しているのかもしれない。

じゅん君は、まだ中学生だったかの時に「ボクは褒められて育つ子なんだ。だからいっぱい褒めてくれると頑張れるんだ!」と親に宣言したことがあった。
一方、私は何かの機会に人を育てる時の心得として「褒める時は何度でも、叱る時は短く1回で!」と聞いたことがあって、なるほどそういうものかと思ったものだから、いまだにそういう気持ちでいたりする。もっとも、現実の私の立場では、こういう場面など巡ってくることもないし、どちらかといえば、くどくどと長々と叱られている方が多かったりするから、よけいにそのフレーズが記憶されているのかもしれない。
日常のそこここでワイフに叱られることが頻繁だが、彼女の叱り方というとまさに絵に描いたようなくどくどシイもので、そのうち叱られている方も嫌気がさして逆ギレしてしまったりする。こういう夫婦の暮らしが続きながらお互いに歳をとっていくとよけいに気が短くなって我慢できなくなって気まずいままな仮面の老夫婦になっていくんだろうなぁ。

好語不可説尽(こうご ときつくす べからず)と禅語にある。
この場合、「好語」をどう解釈するかによるが、たとえば「相手に都合の良い語」とか「相手が喜びそうな語」とか「相手にとって解りやすい語」とか、まぁ、そういう意味だと私は思っている。
さて、じゅん君は今の歳になるまでどれだけ褒められて育ってきたのだろう。
振り返ってみると、少年時代はオヤジなりにけっこう褒め倒してきた気がする。確かに本人もそれで喜々として盛り上がっていることもあった。じゅん君の恩師もそれなりにさり気なく盛り上げてくれているところもあって、親の私もまんざら悪い気がしなかった。
そのうち彼も一人暮らしが始まって私との接点も激減したからその後の彼の周辺事情がどうだったかわからないが、こうして久しぶりに会話の機会を得てみると、なんとなく彼の周辺の事情のアレコレにイライラと憤懣を撒き散らしているようにみえる。それでも、少年時代のあの純粋なじゅん君の様子はいまだに変わりなく続いているようだし、彼なりのジレンマを持っているのだろう。
たぶん今のじゅん君は、褒められる機会が激減しているのかもしれない。いつまでも「好語」がすぎるのもどうかと思う。そろそろ「好語」に甘えすがる年齢も過ぎた気がする。

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