工房むうあと鉄の手仕事

鉄の彫刻家、吉田正純の手仕事、彫刻や展覧会の紹介、万善寺住職活動など、さまざまな日常を公開します。

老婆親切とは・・ 

2016/10/04
Tue. 23:46

だいたいが雨だったり曇ったりばかりで富山の良い風景がなかなか撮れなくて苦労している。
今週末には彫刻イベントポスターの入稿しようと思っているので少々焦っているのだが、また台風がやってくるという始末で、自然を相手には逆らうことも出来ないし現実は厳しいものだ。私程度の崖っぷち彫刻家など、日々是好日の暮らしなど夢のまた夢だ。

マイママ、齢91歳となる母親の定期通院日なので、急いで朝食をかき込んで石見銀山の自宅を出発した。
主治医のドクターは、見た目さっぱりと屈託のなさそうな比較的若い女医さん。
島大病院から毎週1日だけ田舎過疎地の小規模総合病院へ出かけてくれている。
私としては、初対面の印象が良かったので信頼しているのだが、母親本人はどう思っているのか、その女医さんの言うことを全く聞こうともしないで、診察の間中自分の話ばかりしていて意思の疎通には程遠い状態だ。ときおり、「チョットこのばあちゃん何とかならないの?」と視線で私に訴えてこられるが、こればかりはどうにもならなくて、「すんませんなぁ〜・・実の息子だともっとワガママになってしまって・・・」などと、返す視線で会話している。
この度の受診も、診察の途中からドクターの話が耳に入らなくなってしまって、自分の素人診断を延々と語り始めたから、「それじゃぁ、このへんで失礼します」とドクターに視線で挨拶して喋り続けている母親を診察室から連れ出した。
自分では頭がしっかりしていて、正気だと思いこんでいるから、精神は健康だと思っているというところに一般の常識とのギャップがあって、まわりが迷惑をする。薬局でもあの薬がどうとかこの薬が足らないとか、わがまま放題で時が無駄に過ぎた。

宗門の祖師道元様は修行僧に「老婆親切」が大事だと厳しかったそうだ。
この「老婆親切」というやつは、なかなか解釈が厄介で、チンピラ坊主には荷が重い。
「老婆の孫子に対する理屈抜きで惜しみない愛情慈しみを捧げる心境と具体的実践的諸行為」とでも略したらいいのだろうか?
道元様は、そういう老婆の行為を「仏の慈悲心」に重ね合わせてお考えだったのかもしれない。
一方、その惜しみない老婆親切を受ける孫子の側からすると、「小さな親切大きなお世話」的行為と受ける場合も多々存在する。
与える側と受ける側のお互いの正常な関係がまず前提に築かれていないと、正しい「老婆親切」の授受に至ることがない。我が身をわきまえた上での老婆親切であれば、それは大きな支援になるだろうし、そういう師弟関係の向上は学ぶべきものだと思う。
自分を見失った者の自己中心的な老婆親切ほど、融通が効かなくて厄介で始末が悪い。

薬局で薬をもらってから、うどんが食べたいという母親を蕎麦屋へ連れて行った。もうお昼はとっくに過ぎていて、次の用事が待っていたから、そのまま母親をドライブに連れ歩いた。親子は約200kmを結界君で過ごした。途中2回ほど大きな母子のバトルがあった。それでも、私からのささやかな老婆親切であったと自分ではそう思っている。

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