工房むうあと鉄の手仕事

鉄の彫刻家、吉田正純の手仕事、彫刻や展覧会の紹介、万善寺住職活動など、さまざまな日常を公開します。

東京家族 

2016/10/12
Wed. 11:08

JR中央線、西荻窪南口の商店街を抜けたあたりにRe:gendoという雑貨とお食事の店がある。
その店は、実は石見銀山の町並みにある群言堂の系列店で、町家を改装してそういう店にするときは、島根県の石見銀山や周辺の工務店が東京まで出張して、島根の各所から集めた古材を再利用して現在の店に再生させた。
吉田家長女のなっちゃんは、群言堂と縁があって関西の方で働いたあと、東京の八王子へ転居して高尾で働くようになった。その後巡り巡って今は石見銀山に本店がある群言堂の東京事務所で営業の仕事をしている。

彫刻の展覧会が六本木でスタートするので、その展示作業にワイフと二人で上京した。
もともとワイフは、東京生まれの東京育ちで私と結婚するまで一人暮らしの経験がなかった。
今、里帰りも兼ねてその実家へお世話になっているのだが、せっかくだから吉田家の家族で食事をしようということになって、なっちゃんが西荻窪のその店を予約してくれた。
最初、ワイフのお母さんは強硬に会食参加を断っていたが、娘や孫の説得があって、東京暮らし(なっちゃん夫婦は埼玉だけど・・)のみんなが集まった。

お昼の食事は秋刀魚か鳥肉を選ぶことが出来るというので、それらを分け合って注文してくれた。
食材も凝っていて量もボリュームがあって、なかなか旨くて結構満腹になった。
私とノッチとなっちゃんの旦那は生ビールを飲んだ。これもなかなか旨かった。
これだけ大人数の家族が外で集まって会食をするなどこの数年無かったことだ。

ワイフの家族も、万善寺の吉田家も、外で食事をする習慣が殆ど無かった。
両家とも、それなりに慎ましく暮らしていたのだろうが、私はその反動もあってか、一人暮らしをはじめて、少しずつ社会の様子がわかるようになってからあと、一気にジャンクフードが好きになった。マクドナルドのハンバーガーをはじめて食べたのが19歳になったばかりの頃だった。新宿通りにある新宿三越の隣にあった店で最初に注文したときはドキドキして声が震えていたような気がする。吉野家の牛丼をはじめて食べたのも19歳のときだった。カウンターだけの食堂にもならないようなお店でこんな旨いメシが食べられるのかと感動して、それからしばらくは1週間に3日くらいは吉野家へ通い、3日位はマクドナルドへ通った。そんな贅沢をしていたら、みるみる生活費がなくなって、それで5月の連休が終わった頃から新宿三越の裏通りにある3階建の喫茶店ビルでアルバイトを始めた。そこだったら、休憩時間が15分くらいあれば、マクドナルドでも吉野家でもどちらもすぐ近くだから都合が良かったわけだ。

家族で食事をして、西荻窪の改札の前で3方向に別れた。ワイフと義母は新宿へお買い物。なっちゃん夫婦は埼玉へ帰った。私とノッチは、2次会で焼き鳥。島根の山奥の田舎暮らしでは、とても想像できない家族の付き合いだ。万善寺にしがみついて暮らしている母親は、こういう家族の世界もあるのだということを知らないまま死ぬのだろう。

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