工房むうあと鉄の手仕事

鉄の彫刻家、吉田正純の手仕事、彫刻や展覧会の紹介、万善寺住職活動など、さまざまな日常を公開します。

再開ー旅の空 その3〜松江の街並み〜 

2016/11/01
Tue. 22:44

気がつけばもう11月になった。
最近、1日が短くなってしょうがない。
日が短くなったこともあるが、1日のうちにやらなければいけないことが多すぎて困る。仕事は追いかけられるより追いかけるくらいのほうがちょうどいい・・なんて、何時だったか随分前に誰かに言われたことがあるが、今にして思えば、あの頃のほうが今よりずっとのんびりとした毎日を過ごしていた気がする。

少し前のことになるが、10月30日の日曜日、松江の新築寺院の落慶法要当日だった。
随喜の若い方丈さん方が、早朝の日の出とともに朝の法要をされるところからその日が始まる。記録撮影係の役を仰せつかっている私は、宿舎のホテルから朝食前に出発した。
早朝の空にはほんのりと朝焼けが広がっている。前日の曇り空が少しほど回復していた。
事前の打ち合わせもあったりして、昼間の松江市内の道を何度か往復している時はそれほど気にもしなかったが、あらためて見ると道路の拡幅工事が延々と続いている。
この数年間、島根県のアチコチで大きな行事が続いたから、その関係で観光人口が急増して今に至っている。道路の整備も大事な公共事業の一つなのだろうが、大事な歴史の面影がまた一つ完全に消えてしまうことにもなる。

まだ時代が昭和だった頃の3年間を松江の宍道湖から中海へ続く大橋川の南で暮らしていた。
松江城は川の北側にあって、そのすぐそばに県庁があって、県庁の隣に図書館があったから、定期試験や学年末のレポート作成の時などには、よくその図書館へ通った。
城を中心にして南北に走る道は、東西に走る幾つかの川に架かる橋を渡ることになる。
だいたい主だった道はその橋の少し手前で小規模なクランクになっている。そういう場所が何箇所もあって、信号の数もやたらと多い。これが、俗に言う典型的な城下町の造りである。敵の侵入速度をそのクランクで減退させる役目の造りになっているわけだ。それが、松江城の四方に張り巡らされているから自転車で行動していても結構めんどくさい街並みで、だいたいが不便に感じていたことのほうが多かった気がする。

その朝に結界くんで走ったのは、お城の内堀から東に伸びる道で、私が暮らしていた頃は、確か3箇所ほど大小のクランクがあったはずだ。その道筋には、駐車場のない蕎麦屋さんがあって、なかなか美味しい蕎麦を食べさせていた。その先には小さなラーメン屋もあった。最後のクランクを過ぎたあたりには古道具屋というか骨董品屋というか、なかなか時代がかった面白い店があった。早朝のことで、それらの思い出がどうなっているのか見極めることも出来ないまま結界くんで走りすぎてしまったが、蕎麦屋さんが無くなっていたことだけは確認できた。
昔は路上駐車の車があると、すぐに渋滞が次の信号まで続くくらいの細い道だったが、今の工事が終わると、東側の幹線道路まで片側2車線の道がまっすぐにつながる。
こんな大通りが松江城にぶつかってしまうと、守るも攻めるもアッという間の一瞬の出来事で決着が就いてしまうだろう。
あの頃の松江の街並みは私の記憶の中に残るだけになってしまった。

IMG_1086.jpg

[edit]

CM: 0
TB: 0

page top

この記事に対するコメント

page top

コメントの投稿

Secret

page top

トラックバック

トラックバックURL
→http://tetujin29.blog31.fc2.com/tb.php/2494-ce223ce6
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)

page top

2017-08