工房むうあと鉄の手仕事

鉄の彫刻家、吉田正純の手仕事、彫刻や展覧会の紹介、万善寺住職活動など、さまざまな日常を公開します。

まだまだ続く旅の空 

2016/11/04
Fri. 10:25

まだまだ続く旅の空・・とみやま彫刻フィールドアートワークのスタートです!

昨年から始まった旧富山小学校やその周辺での美術企画は、2年目を迎えて少しずつにぎやかになってきているような気がする。
文化の日オープンに向けて、前日から島根や鳥取の日本海沿岸をあわただしく往復した。
ちょうど都合よくスケジュールがうまく噛み合ってギターミュージシャンも富山へ合流してくれた。

このところ彫刻家の顔でフル回転している吉田正純も、自宅に帰れば末娘キーポンの優しいお父さんであり、ワイフの優しい旦那でもあるから、仕事と家庭の両立もそれなりに工夫して折り合いをつけながら毎日を過ごしているつもりだが、それでもどうしても公私の都合の付かないこともあって、ボクのクリスタルの心はもろく壊れてしまいそうなことがしょっちゅうだ。

準備の合間を縫って、少し前にあった地震で大きな被害を受けた倉吉にいるキーポンを迎えに走った。
彼女は来週から幼稚園実習が始まる。
荷物が多いから迎えに来てくれと甘えられると嫌ともいえない。
大栄町から倉吉へ近づくにつれて、ブルーシートの屋根がしだいに増えて目立つようになった。想像していたより大きな被害を見ると心が痛む。
私が暮らしている石見銀山の隣町には瓦工場がたくさんあった。山ひとつ全部が良質の瓦土だったりするから、自然と材料のある場所に職人さんが集まって瓦焼成の窯が増えて、大きな工場がいくつも出来て、雇用が増えて、地元の大きな産業に発展した。
粘土も豊富で当分の間瓦産業が発展するだろうと思っていたところへ、神戸が大震災の被害にあった。それから北関東や東北と地震が続き、その風評被害の影響で瓦工場の廃業が一気に加速した。
規模や雇用を縮小したり販路の開拓をしたり、瓦に変わる新商品の開発をしたり、地元の瓦工場の営業努力がしばらく続いたようだが、結局、需要の安定には至らなかった。現在は、有限会社の瓦工場が一社だけ残っているだけになった。
そんな状態で今度の倉吉の地震だ。
自分の身近の出来事でもあって他人事のように思えない。
ボンヤリと結界君を走らせていたら、曲がる道を間違えて細い路地の続く町並みへ入り込んでしまった。右に左にブルーシートの屋根を見ながらしばらくウロウロしてしまったが、それでも待ち合わせの時間へ間に合った。
富山へ着いたのはすでに夜の8時近かった。今回の宿舎になるお寺の本堂へレンタルの布団を運び込んで、2人のミュージシャンに幾つかお願いをして自宅へ急いだ。
遅い夕食を済ませてデスクワークにとりかかった。展示目録の作成や、キャプションの印刷がまだ残っている。データをWi-Fiで飛ばしたプリンタの動き出す音が遠くで聞こえる。
いつの間にか眠っていたようだ。真夜中になって秋の冷え込みで目が覚めた。

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