工房むうあと鉄の手仕事

鉄の彫刻家、吉田正純の手仕事、彫刻や展覧会の紹介、万善寺住職活動など、さまざまな日常を公開します。

教室個展〜内田紀子〜 

2016/11/11
Fri. 14:08

旧富山小学校1階の片付けがやっと終わった。
午前中で終わらせようと働き通したが、お昼を回ってしまった。

こうして小学校の校舎に通い続けていると、これだけの施設や設備がまったく機能しないまま毎年が過ぎていることのもったいなさを痛感する。教育委員会や行政の考えだと、色々な建築上の問題を改善する見込みがつかないから、通年の貸出ができないのだそうだ。想定外の災害などで被害が出た時の責任が持てないということのようだ。お役所仕事というのはこういうタテマエ上の堅苦しいところでスジを通しておくことの方が大事なのだろう。

当初の予定では、1階にあるノリちゃんの教室個展は、富山町の文化祭までに撤収することになっていた。それが、まちづくりセンターの調整もあって、せっかくの展示だから文化祭のお客様にも観ていただこうと言うことになって当日まで据え置くことが決まった。それで小品彫刻の第1展示会場の教室とワークショップで使ったランチルームを復元するだけですんだ。
ほんの1週間前にはあれだけたくさんの人で溢れていた場所に、今は自分一人しか居ない。なんとなく寒々しく感じるのは気候のせいだけでもなさそうだ。

ノリちゃんの個展は、小学校の下駄箱や掲示板や黒板などを上手に使って空間との調和がとても丁寧に工夫されている。
どちらかといえば、この数年間は彫刻というか立体というか、そういう傾向の作品が多かった。もともと彼女は幅広い美術的センスを持っていて、なんでもそれなりに器用にできるタイプの作家だ。こういう人は、制作の方向が定まるとあまり迷うこと無く一気に勢いで乗り切ってしまうようなふうに思う。今回も、個展会場になる教室の床に素材のあれこれを広げて夜な夜な制作に励んでいたようだ。そういうことが出来るのも、比較的自由に使いまわすことのできる展示空間があるからだと思う。これが、何処かの公共の美術館だったり街のギャラリーだったりすると、厳しい条件が重なったりして自分の表現が素直に思うように組み立てられないかもしれない。廃校になった小学校の教室がノリちゃんのような作家の個展で生き返ったような気がした。

最近のノリちゃんは子育ても一段落して、学生の頃に専攻していた造形の方向性のしがらみも凡そこなれて、ある意味で素直に自分の表現を開放できるようになってきたような気がしていた。
立体とか平面とか、そういう狭い世界にこだわらないで、自分がその時にやりたいことを素直に表現できればそれが一番いいと思う。今は、そういう制作と発表の場数をこなして表現の領域を広げる時期なのかもしれない。そしてもう少し美術環境が充足した展示空間を自力で探すことも大事なことだと思う。
ノリちゃんには、造形作家として表現の厚みを持ってほしいと思う。
自分の作品を理屈で語ることもそれなりに大事なことだと思うが、彼女のような器用な作家はもっと恒久性のある造形の工夫もするべきだ。

IMG_4640.jpg
IMG_4486.jpg
IMG_4637.jpg

[edit]

CM: 0
TB: 0

page top

この記事に対するコメント

page top

コメントの投稿

Secret

page top

トラックバック

トラックバックURL
→http://tetujin29.blog31.fc2.com/tb.php/2498-1eceae49
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)

page top

2017-10