工房むうあと鉄の手仕事

鉄の彫刻家、吉田正純の手仕事、彫刻や展覧会の紹介、万善寺住職活動など、さまざまな日常を公開します。

さすらいの珈琲マン 

2016/11/19
Sat. 22:19

さすらいの珈琲マン森山!が、突然富山町へあらわれた!・・・らしい・・・

最近、彫刻界に於いて敵前逃亡非国民甚だしい吉田が、例のごとく、今度の土日も万善寺隣の文江さんの葬儀で富山の彫刻展や教室個展の受付をドタキャンしてしまった・・その裏番組で、あの珈琲マン森山が、受付代行のワイフや富山の熟女達に珈琲を振る舞ってくれた・・・らしい・・・
まったく、先週といい今週といい、主催者のドタキャンは「許されざる者」である。
まぁ、吉田オヤジは、せいぜいこんなもんだ!・・・ということで、飲み込んでいただくしか無いわけで・・・

万善寺隣の文江さんは私の師匠で前住職二十二世禅嶽憲正さんの同級生でもありました。
その亡くなった文江さんは、かれこれ1年近く闘病生活が続いただろうか・・とにかく、一般的にいえば、それなりに人生を全うした大往生であると私は思っている。
先程、通夜を終わって万善寺の三畳へ落ち着いたところだが、通夜の前の仮通夜からご親族の様子を見ていると、悲痛とか沈痛とかそういう様子は微塵もなく、何かしら晴れ晴れとした雰囲気が漂っている気もした。
文江さんには子供の頃から何かとお世話になった。
万善寺のおかみさんでもある私の母親は、なんだかんだいっても、結局はお嬢さんがそのまま寺のおかみさんになってしまったようなヌルい人生であって、自分が自分で言うほどの苦労は経験していない。それに比べて、隣の文江さんは何かしら苦労の多い人だったと気になっていた。思い返せば、吉田少年は母子のいさかいがあるたびに、「ボクは文江さんの子でいたかった・・」と、自分をなぐさめていたものだ。あの文江さんの何気なく目先の面倒臭いものをスルーする絶妙にヌルい加減が小気味よく感じていたところもある。
文江さんの家は浄土真宗だから、今夜の鐘つき坊主は必死で仏説阿弥陀経を読んだ。明日はそれに正信偈も読むことになる。街場の坊主付き合いでは思いもよらないことだろうが、島根の山奥では普通に宗派を越えた坊主付き合いが続いているのだ。

葬儀の準備をしている時に珍しくワイフから電話が入ったから、何か富山の会場で不都合でもあったかと緊張したが、珈琲マン森山がやってきたという報告だった。
どちらかと言えば吉田もそれなりの自由業をこなしている気もするが、珈琲マン森山は得体の知れない自由人である気がする。
何時まで続くのかわからないが、吉田としては自分の周囲に似たようなノリの軽いヤツが居てくれるだけで、結構真面目に助かっているようなところもある。

彼のコーヒーは、彼の完全なるコダワリがそのまま抽出されているようなところがある。さりげなく聞くところによると、彼には彼なりの師匠がいるようで、ひとまずはその師匠の世界に心酔して、それを目標に求め自分を鍛えている時期であるのかもしれない。
物欲の氾濫する現代に、緩やかに焦ることなく自分の我欲を育くんでいるような飄々としたノリが魅力的だ。今の彼は、上手に他人に使われているようなところがある。それも大事な経験の蓄積だが、いずれは他人を上手に使えるほどの人物になって欲しいと思う。

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