工房むうあと鉄の手仕事

鉄の彫刻家、吉田正純の手仕事、彫刻や展覧会の紹介、万善寺住職活動など、さまざまな日常を公開します。

檜林の彫刻 

2016/12/05
Mon. 15:12

初七日が終わった。
もう、あれから1週間ですよ・・・何か、早かったような気もするけどよくわからんなぁ〜・・

私が住職になってから島根県の県境を越えたお葬式はこれで2回目になる。
所変われば葬式システムも地域事情で変わるのは普通のことだが、それに加えて、広島は毛利元就さんの関係で浄土真宗さんがとても多い。そういうところへ曹洞宗の山寺の田舎坊主がノコノコと出かけていることからして、なんとなく居心地が悪かったりする。だいたいが軟弱なチキンボーズは、この一週間緊張でビビリっぱなしだったのです。
これから、年末年始と続く七日務めから四十九日や百ヶ日の法要も、冬の雪と上手に付き合いながら遺漏の無いように務めなければいけない。

石見銀山の谷にある田んぼへ、今年も野外彫刻を置かせてもらった。
この近年は年中行事のようになっていて、だいたい翌年のお彼岸前後までの農閑期は路線バスの回転場からその彫刻を見ることが出来る。本当は、もう一つ野外彫刻を設置しようと準備までは出来ているのだが、例の1週間続いたお葬式で中断してしまった。
私が本格的に石見銀山へ野外彫刻を設置し始めたのは1999年から2000年にかけてのあたりからだったとおもう。野外彫刻そのものはもっと前からその気になって制作していたのだが、その頃からは、あるコンセプトを意識して石見銀山の谷へ置くようにしている。
石見銀山が今から10年ほど前に世界遺産へ登録されてからは、野外彫刻の設置条件がかなり厳しくなったので、それからは常設設置をあきらめた。それでも、石見銀山は吉田家が住み暮らす町でもあるし、彫刻家としての吉田の立ち位置を地域の皆さんの目に触れるかたちで表現し続けることも大事だと思っている。

日中はほとんど外出が続いていて、陽のあるうちに石見銀山の町並みを歩くことが稀になっていたが、先日ちょっとした用事もあって久しぶりに吉田家の裏庭から銀山川を渡って田んぼの野外彫刻を横目で見ながら石見銀山生活文化研究所の正面玄関まで出かけた。
会社の玄関前には広島の上下町(?)から移築した茅葺屋根の古民家があって、小川の向こうの敷地のアチコチに私の野外彫刻が点在している。その彫刻群も2000年を少し過ぎた頃におおよその場所を決めて設置したはずだ。自分で言うのも気恥ずかしいことだが、彫刻の一つ一つに思い出があっていまだにその制作の背景を生々しく覚えていたりする。
檜の林に設置した彫刻は個展のために造った一番大きくて展覧会の主役を務めたものだ。小川ぎりぎりまで移動した3tのユニックのアームを最長に伸ばして今の場所へ設置した時はまだ檜の間隔も空いていたが、今改めて見るとその後約20年で成長した檜に埋もれてなかなかいい感じになってきた。毎年春になるとアイビー系の蔦が萌黄に芽吹き、次第に緑が増して夏には彫刻の半分近くほどビッシリと蔦の葉で埋もれる。秋になるとその葉も紅葉が進みやがて晩秋前に葉が落ちて冬を迎える。昨年は雪が少なくて、檜林の彫刻にまでは雪が積もることもなかった。
いずれにしても湿気の多い石見銀山のことだから、彫刻の表面が薄っすらと苔むしてきたりしてこれから先の経年変化が楽しみなことだ。

IMG_1187.jpg

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この記事に対するコメント

もっと下がって周りの景色も見れる写真見たいです☺

オーイくぼぐっちゃん #- | URL | 2016/12/06 15:18 * edit *

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