工房むうあと鉄の手仕事

鉄の彫刻家、吉田正純の手仕事、彫刻や展覧会の紹介、万善寺住職活動など、さまざまな日常を公開します。

万善寺の年越し 

2016/12/31
Sat. 22:00

松江の忘年会の後、ボクの結界君を運転して石見銀山まで連れて帰ってくれたじゅん君が、ワイフと一緒に万善寺へ来てくれた。
2016年最後の一日は、4人で万善寺の年末を迎えることになって、独居老人の母親は見違えるほどウキウキしている。

もう随分前から万善寺の梵鐘には割れが入っていて、荘厳な鐘の音と言うより、やたらとうるさいドラの音と言った感じで一打ちの鐘に新年を迎える風情など微塵もない。
近所の人は、破れ鐘と知ってか知らずか、毎日の斎の鐘をついていた頃は、「あの鐘の音で一日が終わるような気がして助けになりますワァ〜」などと、上手を言ってくる。
私の場合、「住職」というよりは、「無住職」で通すことが圧倒的に多い。
それも、生きる手段で当然の行為なのだが・・・毎日の斎の鐘を撞くためだけに万善寺の暮らしを続けていたらとっくの昔に栄養失調で干上がって即身成仏のミイラになっているだろう。
それはそれで、「あぁ〜、あの人は有難く偉いお坊さんだった!・・・」などと後々まで伝説を残すくらいになれたら即身成仏も良いかなと思うが、見方を変えると、自ら断食をチョイスして生きる術から絶縁してしまうあたりなど、体のいい自死のようなものと大差がないことにもなって、そのあたりの曖昧な宗教的解釈が釈然としない。

とにかく、石見銀山の吉田家の留守を預かり新年を迎えるのは、ネコチャンズとグッピー一家、それに少々のゴキブリたちと屋根裏のムカデとか・・そういった連中だけだということになった。

久しぶりのじゅん君だが、やはり以前と変わりなくオヤジとの会話は殆ど無い。
多少の変化といえば、男ながらに編み物ができるようになっていた。
他でもない、私自身も昔々の少年時代には母親と一緒に編み物をしていた時期もあったから、吉田家的には特に珍しいとも思わなかったが、それでもやはりいい歳をした男子がモタモタとそしてノンビリと編み物に興じている様子にはそれなりの発見と刺激があった。
会話の少ない親子ではあるが、どこかしらお互いにお互いの事情を認識できているようにも思うし、男同士の付き合いはその程度で良いような気もする。

除夜の鐘には後もう少し時間があるし、遅れていた年回の繰り出しも一通り出来たし、それでも結局年賀状へ手を付けるまでには至らなかったが、今更焦っても年内にどうこうできるわけでもないから、まるごと新年の仕事へまわすことにして、コーヒーを抽出することにした。
私の場合、「コーヒーを飲んだから眠れなくなった!」ということとはほとんど縁がないし、むしろ、寝る前の一杯のコーヒーで気持ちが落ち着いて熟睡できる。
これから除夜の鐘を撞き終わったら、引き続いて約2時間ほどの新年朝課法要もあるし、その前に少しノンビリと落ち着くことも大事なことだし、まぁ、色々と都合の良い言い訳を用意して2016年を乗り切ろうとしているわけであります。

この数日は気持ち悪いほど天気が良い。元旦は放射冷却でぐっと冷え込みそうだ。

IMG_1300.jpg
IMG_1293.jpg

[edit]

CM: 0
TB: 0

page top

この記事に対するコメント

page top

コメントの投稿

Secret

page top

トラックバック

トラックバックURL
→http://tetujin29.blog31.fc2.com/tb.php/2532-51a29fed
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)

page top

2017-06