工房むうあと鉄の手仕事

鉄の彫刻家、吉田正純の手仕事、彫刻や展覧会の紹介、万善寺住職活動など、さまざまな日常を公開します。

お正月のウンコ 

2017/01/03
Tue. 23:38

お正月三が日の朝課法要がやっと終わった。
日が変わってから洗顔をして身を清め、井戸から引いた初水を湯茶に沸かし、本堂や庫裏の仏様へお供えするところから始める。
お湯が湧くまでの間に大衣に着替え、万善寺の各所へ蝋燭と線香をお供えする。
その日の初湯を仏様へお供えして回る。
火の付いた香炭を香炉の香灰へ沈めて香を焚べる。

だいたい、そのあたりまでは寺暮らしをしている時の朝の日課になっているが、お正月の3日間は、午前0時を過ぎたところからそれをはじめて、何時もよりたくさんのお経を読んで、そのたびにそれぞれの回向をしたり三拝をしたりしてかなりの重労働である。
本堂の須弥壇から始めた朝のおつとめは、庫裏の方へ移動して、最後は韋駄天様の前でお経を読んで終了する。これが、万善寺の前住職から引き継いだ正月の仏事になっていて、だいたい1時間半から2時間ほどかかる。
これと似たようなことを宗門の本山以下、全国の各寺院が法式として行っているはずだが、それぞれの寺院ごとにそれぞれの山風があるから、どれが正しくて間違いかなどと詮索する必要もなく、各寺院オリジナルのお正月祝法要を行っているはずだ。

憲正さんの頃は、布団の中から小言やら寝言やらわからないほどの発言を繰り返していた母親が、住職の代替わりが終わった頃から万善寺の朝の法要へやたらとまめにしゃしゃり出るようになった。私のお経の最中に「それはせんでいい」とか、「何時まで何しとるんだ」とか、本堂の方まででしゃばって監督がうるさい。
どうして今更そういう風になってしまうのか?もしくは、何を言おうとして何が大事なのか?そのあたりを伺うまでもなく、誰がどう見ても私の法要の邪魔になっている。もしくはどう見ても邪魔をしている風にしか思えないように振る舞ってくれる。そういう公私の入り混じった母親の行為は仏様や仏事に対してとても失礼なことになるので、事あるごとに厳しくしかりつけても、一向に改善の意思を持とうとしない。
そういうことが頻繁の、なんともだらしない朝課法要が続いたが今朝で一区切り付いた。

この数日は、天気が良すぎて放射冷却がすごい。今朝も保賀の谷は霜で覆われ、それなりに冷え込んだ。それでも、空に広がる雲が先頃より若干厚くなって来たふうにも感じる。
母親が見ている大音量の箱根駅伝を背中に聞いて、七日のおつとめと、保賀の谷の年始回りの準備をしていたら、本堂の濡れ階段下の式台へポトリと小さなウンコを見つけた。よく見ると木の実の果肉だけが消化されて、消化までには至らなかった何かの種がウンコになって転がっていた。
ウソかマコトか・・獣が食べて排出したコーヒーの種を焙煎すると、なんとも芳しく美味しいコーヒーが出来上がるのだそうだ。
そのウンコをみると、その状況が感じられてわかるような気になった。
たぶん、タヌキか何かのウンコだろうが、何かの実の種は少しも汚いと感じなかった。
90歳を過ぎて頑固に暮らす老婆の方がズッと汚いと見えてしまう。
心の汚さや気持ちの醜さがそのまま見た目の姿や行為に現れている気がする。

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