工房むうあと鉄の手仕事

鉄の彫刻家、吉田正純の手仕事、彫刻や展覧会の紹介、万善寺住職活動など、さまざまな日常を公開します。

年越しのススキ 

2017/01/06
Fri. 23:45

気がつけばもうお昼のティータイムを過ぎている。
冬の斜めの日差しが、夕日に変わりかけている。
新年を迎えて、もう1週間になろうとしているのに連日好天気が続いている。
ここまで良い天気が続くことなど、記憶にないほど珍しいうえに、万善寺の境内へ最後まで残っていた昨年の雪も全て消えた。
これから一気に冬らしくなってドカッと雪が降ったら、万善寺は飯南町の孤立寺になってしまいそうだ。

ワイフからチクチクと催促されていた年賀状にやっと手を付けることが出来た。
決してサボったり怠慢していたわけではないのだが、眼前の仕事を優先順位の高い方から片付けていくと、どうしても年賀状が後回しになってしまった。
2016年は前住職の憲正さんが前年に遷化したから喪中のお知らせをどうしようか迷ったが、結局そういう世間の習わしに即した事務処理はしないことにした。憲正さん自身は民衆の習わしに敏感に厳しく反応するタイプだったが、私はそこまで頑なにこだわる方でもなかったし、1年に一度しか無い近況のお知らせが喪中のお知らせで途絶えることも味気ないと思ったからだ。それでも、現実は喪中の期間でもあるし、おめでたいことは自粛することも大事なことだから、正月の三ヶ日が明けて少し落ち着いたところで、憲正さん遷化のお知らせを兼ねて挨拶状を作った。それが、1月6日のこと。
備忘録を紐解けばちょうど1年前の6日から7日あたりに礼状のような挨拶状の原稿を作成して印刷を始めている。自分の・・というか、自分流の仕事のスケジュールを調整すると、結局毎年それほど大きな誤差もなく一つ一つの決まり事を順番に片付けていることがわかる。

このところ延々とデスクワークが続いていて、腰から膝の筋がガチガチに固まってしまった。このまま運動もしないであとは風呂に入って夕食を済ませてまた寝るまでデスクワークが続くとなると、それこそ身体の関節が動かなくなってしまいそうなので、ひとまず夕方の散歩へ出かけることにした。
「こういう時にシェパ君でもいれば喜んで付き合ってくれていたのに・・・」
もう4年(開けたから5年か・・)も前のことをふと思い出した。
あの時の正月は、年老いたシェパ爺を寺へ連れて帰るのもかわいそうで、石見銀山の自宅に居させようかどうしようか随分迷ったことを覚えている。そのくらい老衰していたシェパ爺が息を引き取ったのは、2月10日のことだった。
そんなことを思い出しながら、G15を首にぶら下げて境内から参道を下りると、万善寺周辺の田んぼがこの数年で随分荒れてしまっていることに気がついた。たぶん、毎年少しずつ人の手が入らなくなって、耕作地が少しずつ縮小されて、田の畦道も道が絶えてきたのだろう。

毎年のように季節ごとの変化を自分の目で見ているはずなのに、少しずつの変化に気が付かないで見過ごしてしまっていた。
新年になって、いまだに万善寺の参道脇でススキが残っている風景をはじめて見た。

IMG_3614.jpg

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