工房むうあと鉄の手仕事

鉄の彫刻家、吉田正純の手仕事、彫刻や展覧会の紹介、万善寺住職活動など、さまざまな日常を公開します。

寒波第2弾 

2017/01/20
Fri. 21:32

前回の寒波から1週間目に、次の寒波がやってきた。
一晩中雨の音が聞こえていたが、朝、寺を出るときにはそれが雪に変わっていた。

万善寺の前を流れる保賀川は飯南高原の広島県の県境近くに源流を発する神戸川の支流で、その神戸川は、日本海へ注ぐまでに保賀川をはじめとして幾つかの支流が集まって川筋の地域や出雲平野の米を育てている。
少し東にはヤマタノオロチ伝説の斐伊川があって、西には江の川がある。
広島方面から続く街道が、飯南高原の真ん中で出雲大社へ向かう参詣の道出雲街道と、石見銀山へ向かう銀を陸路で運搬した銀山街道に別れる。
その、分岐のあたりに小さな祠があって、立派な御神木がある。
その祠は、かなり古くからの由緒謂れあるものらしいが、地域の人々にはあまり関心も無いようで、どちらかと言えば歴史の流れに流されて忘れ去られてしまったような存在に思える。
私は、万善寺と石見銀山を出雲街道と銀山街道をそれぞれ経由して移動しているから、祠の存在がとても大事なものになっていて、いつも気にしながらその近くを通過している。
今日も、朝のうちはほぼ消えかかった雪が祠周辺に残っているだけだったが、夕方に寺へ移動する頃は吹雪に包まれていた。

昼のうちは、江の川の支流から江の川へ出て、川岸の道を結界くんで移動していた。大体に、島根県は雪の降るところだが、川岸の地域にはそれほど雪が降らない。川そのものが標高の低い所を選んで流れているから当然当たり前のことなのだろうが、土地土地を結ぶ主要な街道は、こうして大きな川に沿っているから、島根の彼方此方を広範囲に移動することが多い私にとっては、年間通してその時々の過酷な気候へそこそこ楽に付き合えて助かっている。
少し前に完成した、山陰山陽を結ぶ松江尾道道は、中国山地の山の頂上付近を縫うように走っているから、冬のシーズンは頻繁に通行止めになって物流の停滞が続く。今建設中の島根を東西に走る山陰道も日本海岸沿いに沿った山々の斜面を縫うように走ることになる。

自然を相手に人々の工作はあまりにも虚弱だ。
昔の人は、自然の怖さを知り恐れながら自然と過不足なく付き合っていたように思う。
人の便利をあまりに優先しすぎると、自然の何処かに皺寄せや無理がたまる。
自分の立ち位置を分相応に心得て意識することが大事だと思うが、それを常にわきまえるということもなかなか難しいことでもある。

寺へ帰ってから墨を摺って大練忌塔婆を1枚書いた。
裏文は、例の「春色無高下 花枝自短長」とした。
自然から学ぶことが山ほどある。自分の指針として肝に命じておこうと考えている。
今年になって、すでに数回ほど塔婆の裏へこの禅語を書いた。
忘れない程度に間を置いて思い出すことで時々の自分を整理できるといいと思っている。

IMG_1353.jpg

[edit]

CM: 0
TB: 0

page top

この記事に対するコメント

page top

コメントの投稿

Secret

page top

トラックバック

トラックバックURL
→http://tetujin29.blog31.fc2.com/tb.php/2552-9b9d189a
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)

page top

2017-08