工房むうあと鉄の手仕事

鉄の彫刻家、吉田正純の手仕事、彫刻や展覧会の紹介、万善寺住職活動など、さまざまな日常を公開します。

島根寒気団事情 

2017/01/22
Sun. 21:36

万善寺を出発する時は、水をタップリ含んだ雪が舞っていた。
さて・・・一晩で30cmは積もっただろうか??
今年に入って2回めの寒気が島根の上空まで南下しているようだ。

小さな山寺とはいえ、それなりに寺らしい寺だから(??)本堂と庫裏を含めるとそこそこの部屋数がある。
例えば、仏間(方丈の間)、奥の間(万善寺は観音様が安座していらっしゃる)、前の間、居間、韋駄天様の間、それに板の間に台所、庫裏玄関とその真上のロフト(ボクの寝室兼書斎)、そして、本堂と庫裏を結ぶ3畳の廊下部屋が現在の寺務所兼用書斎兼寝室。
90歳を過ぎて益々元気な母親は、庫裏のど真ん中の部屋で1日を過ごし、台所で食事をし、板の間の簡易ベットで眠る。
一応、世間的には万善寺の現在住職である智光(道号)正純は、立場上、方丈の間を拠点として、先住職とその親族が安座される吉田家仏壇をお守りしながら寺務に働くことがノーマルな坊主の日常であるはずなのだが、現在は、庫裏のほぼ90%を前住職の妻であり万善寺のおかみさんであり現住職の母である、ボクの母親が占拠死守している。
その、ボクの母親は、もうここまで来ると超スーパーリアリズムの絵に描いたような◯◯の一つ覚えで、それ以外のことはほとんど全て自分のオリジナル常識の圏外になったまま年齢を重ねたような人だ。
日常の大体を、ノリと勢いと感で生きているような私からすると、究極の真反対で思考し施行しているような人だ。
私は、15歳までしか母親の影響下で暮らしていないから、母親からみる正純は、いつまでたっても15歳の正純のまま成長しないでいる。まぁ、俗にいうところの「子離れに失敗した母親」である訳だ。
身内のハジをさらすようだが、本日現在のほんの数分前に、本年一二を争うほどの母息子バトルを行った次第。
坊主の端くれとしては、言い訳もできない実に不本意で生臭く我欲の強い自分を恥じるしか無いわけである。

そんな、万善寺の母息子共同生活も、そろそろ一区切りの時期が迫ってきた。
正月もあと残すところ1週間あまり。
雪に埋もれた寺務所で残るデスクワークを一気にまとめ上げたら、彫刻の制作工場へ気持ちを切り替えることになる。
石見銀山の吉田家を拠点に、工場へ通勤し、終日制作三昧に入る。
2月の中旬には、幾つかの彫刻を岡山倉敷の児島周辺へ搬入して設置する。
3月には別に造る彫刻の新作を東京の上野へ搬入する。

南下した寒気団は、南北に短く東西に長い島根県上空で様々な表情を見せてくれた。
北からの強風で日本海はうねりも激しく白波が絶え間なく打ち寄せていた。
ボクの心は万善寺を包む雪のごとく冷えかたまり、母親は山陰の海岸へ激しく打ち寄せる日本海の荒波のように揺れ乱れていた。

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