工房むうあと鉄の手仕事

鉄の彫刻家、吉田正純の手仕事、彫刻や展覧会の紹介、万善寺住職活動など、さまざまな日常を公開します。

雪が降る 

2017/01/23
Mon. 18:27

さすがに今朝の3畳は寒かった・・・
昼間に少しほど空が明るくなったので、お地蔵さんの近くに駐車中の結界君を見に行った。
今年の雪は、ドッサリ積もるというほどでもないが、ダラダラと絶え間なく降り続いている感じだ。
雨でいうと、シトシト降り続く梅雨の長雨のように、降っては止み、またしばらくすると降り始める。

結界君は、吹きさらしの保賀の谷で雪に埋もれていた。雪をかぶっている方がかえって降り始めの状態を維持できて無駄に凍りついたりしないから、そのまま手をかけないでソッとしておくことにしたが、翌朝は今夜一晩の雪にスッポリ埋まっているだろう。

こういう状態で雪に埋もれた万善寺では、極力何もしないでジッと寒気が去るのを待つ。
やらなければいけない仕事があるのだが、どうもその気になれない。
母親と暮らしていると、仕事の集中が分断されて、全くやる気が起きない。
だからサッサと諦めて読書をしたり映画を見たりして過ごす。
モヤァ〜〜っとした頭で過去を振り返ってみると、小学校や中学校の頃から島根へUターンして社会人になった後も、そして、我が子もそれぞれ社会人になって親の手が離れた今になってまでも、母親の無意味な過剰介入で気力をなくす場面が頻繁にあったことを思い出す。母親の激しいほどの母性愛なのだろうが、現在は、それが一方的に私一人に向かって集中攻撃をしているような状態だ。

そもそも、保賀の谷の現在地に万善寺が再建されたのは文久年間にさかのぼる。
過去の寺歴をみるとそれ以前もそれ以降も、延々と坊主ばかりの男社会で寺が運営されていて、万善寺へはじめて住職の妻として女性が迎え入れられたのは大正時代になってから後のことで、私の母親は約450年続く万善寺の歴史の中で3人目のおかみさんということになる。
もともとは、浄土真宗さんを菩提寺にもつ一般在家の次女に生まれた。生家はどちらかといえばお宮さんに縁が深くて、親族には宮司さんやその奥さんが多い。そのなかで、母親だけが禅宗寺院に嫁いできたわけだから、それはそれなりに周囲の事情がわからないことばかりで苦労も多かったことだろう。
それでも、息子であり現住職の私から見れば、随分と楽な若奥様でなにかと持ち上げられながら万善寺の切り盛りをしていた気がする。記憶を手繰ると、万善寺の年間諸行事のほぼ全てで賄い手伝いの女性方が周辺地域から10人近く集まって、庫裏の台所は終日賑やかに黄色い声が飛び交っていた。

今はどうかというと、ワイフがたった一人で母親の小言を聞きながら終日台所を切り盛りしている。母親の時代は、万善寺の一つの仏事にほぼ1週間くらかけて準備をしていたが、万善寺歴代4人目のおかみさんであるワイフは大体の仏事を一日一晩でこなしてしまう。
そろそろ、節分立春が近いしそのあとは初午祭で、ワイフの出番が控えている。

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