工房むうあと鉄の手仕事

鉄の彫刻家、吉田正純の手仕事、彫刻や展覧会の紹介、万善寺住職活動など、さまざまな日常を公開します。

スキッパ 

2017/02/13
Mon. 20:40

今朝はかろうじて参道の道あけをしないですんだ。
初午祭の最中に、いつものお檀家さんがユンボで道あけをしてくれたおかげだ。

3回目の寒波がやって来る前に予約をしておいた歯医者さんの通院日だったので、9時前に万善寺を出発した。雪が少なかった分、放射冷却がひどくて結界君がお地蔵さんの横でガチガチに固まっていた。そういえば、万善寺のボクの寝室にもなっている三畳でペットボトルのお茶も凍って飲めなかったことを思い出した。

歯医者というと、小さい頃はさんざん虫歯で悩まされて、小学校時代の乳歯が永久歯に変わる大事な時は、ほとんど1年中小学校近くの歯医者さんへ通っていた。
低学年の頃の遅刻は、すべて歯医者さんの通院だった。
高学年になってやっと落ち着いて一段落したものの、今にして思うと、虫歯の原因は両親の子育て教育の失敗だった気がする。死んだ父親は40歳代で総入れ歯だったし、母親に至っては30歳代後半にはすでに総入れ歯になっていた。私の姥のごとく可愛がって育ててくれた父方のおばあちゃんも気がつけば総入れ歯だったし、吉田家には虫歯予防の知識がまったくなかったと云っていいだろう。
「これでやっと虫歯で悩まされることも無くなったわぁ〜、あぁ〜楽々・・」
「だけぇ〜、我慢せんではよぉ〜入れ歯にせぇ〜言うたろぉ〜がぁ〜・・」
そういう両親の会話をボンヤリ覚えている。

私の場合、運が良かったのは、永久歯に変わる時に歯並びがガチャガチャでスキッパになったことと、早くから一人暮らしをスタートさせたことだ。
年頃の青少年の多感な時期は、スキッパがイヤで恥ずかしくて結構悩んだもので、一人暮らしを始めた頃は、周囲の女の子の視線が気になってしょうがなかった。
スキッパは自分で矯正することは不可能だろうし諦めるしか無いが、せめて虫歯で悩むことだけは絶対に嫌だと、その頃からセッセと歯を磨き始めた。
やはり、歯磨きは虫歯予防の効果があったようで、その後、歯医者さんのお世話になったのは、大学時代に小学校の頃に直した銀の被せがチビて取れたときくらいのものだった。
今、通っている歯医者さんは、30代の頃になって昔修繕した2本の虫歯の寿命が尽きて周辺の神経を刺激し始めたのでその治療をしたことが始まりで、それから私の歯の主治医のごとく全てをその歯医者さんへ任せている。

しばらく前から、右の下の歯が痛くなって、それをかばっていたら、今度は左の上の歯が痛くなった。右も左も痛くて収集がつかなくなったからいつもの歯医者さんのお世話になった。
「見たところ虫歯は無いですから歯茎かもしれませんね・・念のためレントゲンをとってみましょう」ということで、色々丁寧に見てもらって歯石も取ってもらったら、その2日後にはウソのように痛みがとれた。ドクターの見解によると、磨き残しの場所に歯石が溜まって、それが歯茎を刺激して悪さしたんだろうということだった。
助手の美しいお姉さんが、歯磨きの方法をとても丁寧に教えてくれた♡!

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