工房むうあと鉄の手仕事

鉄の彫刻家、吉田正純の手仕事、彫刻や展覧会の紹介、万善寺住職活動など、さまざまな日常を公開します。

モンカーダこじま芸術祭 

2017/02/25
Sat. 22:06

岡山倉敷児島での芸術イベントがはじまった。
吉田は、昨年に声がかかって今年で2回目の参加になる。

例のごとく落ち着かないまま午前中が過ぎ、私の野暮用もあったりして予定より30分遅れて石見銀山を出発した。
児島の旧野崎家住宅でオープニングイベントがあるのだが、それに間に合いそうにないまま、結界君を走らせた。

搬入の時にザックリと会場の様子を確認しておいたのだが、その後幾つかの作品が展示されて、良くも悪くもそれなりの芸術イベントらしい雰囲気ができあがっていた。
公共の場所を使った彫刻展示は、いつどんなことが起きるか全くわからないから、かなり神経を使う。
自分の彫刻は、もう30年以上野外の全天候に絶えられるように造り続けているから、だいたいどういう状況にも対応できると思うが、彫刻家の考えは人それぞれだから、彫刻家集団の一人として作品展示をすると、それなりに緊張する。
他人に丸投げして全てを任すまでの度胸もないチキンオヤジとしては、やはり、期間中の不具合が無いように自分の目で確かめておかないと気がすまないし責任持てなかったりして、児島へ向かったわけだ。

野外彫刻でいつも思うことだが、石とか木とか金属とか素材の種類は別にして、作家の住み暮らす地域と彫刻の形状は、やはりどこかしら環境と形態がお互い引き合う何かがないと、野外彫刻としての普遍性とか恒久性が失われる気がしている。
彫刻家の主観を環境の束縛でまげることになる気がしないでもないが、そもそもの彫刻美術の起源を意識すると、やはりお互いの関連は彫刻制作の大前提に起因する大事な要素の一つに位置しているはずだ。
技法テクニックがどうとか、造形の緊張感や完成度がどうとか、それ以前に、まずは彫刻の存在と環境の共有が確保できていることが大事なことだ・・・と、私は勝手にそういうふうに解釈して制作を繰り返し続けている。
たとえば、私が住み暮らす島根県の石見銀山と飯南高原をくらべても、あれだけ狭い世界で全く自然の環境が違っていて、一つの彫刻がどちらの環境でも同じように機能することがない。

もうかれこれ5年ほど前になるが、だいたいの予測をもとに、銀山街道と出雲街道の分岐点を起点にして、野外彫刻設置のデータ収集を目的とした実験を始めた。
近年はたて続けに暖冬と猛暑が続いて、平均的なデータを記録できていない気もするが、それでもこの数年の経年変化をまとめてみると、自分の造形イメージを補正するための要素の幾つかは収集できた気がする。
予想的中で成功したこともあれば、見事に失敗したこともあったし、何より、期待も予測もしていなかった新しい発見があった。
現在、その発見のデータを元にして次の何かへ繋げられないか模索中である。

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