工房むうあと鉄の手仕事

鉄の彫刻家、吉田正純の手仕事、彫刻や展覧会の紹介、万善寺住職活動など、さまざまな日常を公開します。

オヤジ道中記〜プロローグ〜 

2017/03/15
Wed. 19:16

こんどの冬シーズンは、いやに正直で真面目に寒気団が繰り返して南下してくる。
そのたびに飯南高原では雪が降って一面白く染まる。
1週間前も南下した寒気に悩まされて東京の展覧会に向けて準備していた色々なことがつまずいた。幾つかの不具合もあって心身ともにかなりダメージを受けたが、とりあえず展覧会の展示までは終わらせることが出来た。
相棒の結界くんも、若干のオイル漏れに苦しみつつ良く健気に頑張ってくれて、無事に上野の都立美術館往復約1800kmを走破してくれた。

東京で就職が決まったキーポンが一足先に上京していて、その流れで配属先も決まった。
父親としては、そこまでは「良かったよかった!!」と目出度いことで浮かれていたのだが、研修も終わって美術館の展示を手伝う予定だったキーポンが結局遅刻した。
慣れない東京で、山手線に乗り間違えたのだろうくらいに思っていたら、指定銀行へ口座を作ったり、配属先周辺の最寄り駅とソコから徒歩10分以内の圏内で◯◯円以下の宿舎を探せとかなり厳しい条件を提示されて、指定業者さんへ連絡したりしていたらしい。

もう、半世紀近くも前のことだが、一応ワタシも東京暮らしを経験しているから、こんなオヤジでもいないよりはマシだろうと、急きょ宿探しへ付き合うことになった。
お彼岸が終わるまでには住む場所を決めて、家財道具などの引っ越し搬入を済ませておかなければいけない。職場の事情もあるだろうが、個人の事情は完全に無視された状態で容赦がない。もっとも、思い返すとそういえば私の場合も似たようなものだった。

吉田家の上の3人の子供は、もう少し楽に余裕があった気もするがよく覚えていない・・というより、あの頃は私自身も務めに拘束されて身動きがとれなかったから、子供の方ではじめから父親を抜きにしてコトを進めていたのかもしれない。そうすると、末娘のキーポンはそれなりに楽をしているのかも知れないが、いずれにしてもやはり、こういう時は身内や親に頼るしか仕方がないことだから、ワザワザこちらからシャシャリ出るつもりもないが頼られるうちはできるだけマメに付き合おうと思っている。

今更どうでも良いことだが、「ブログ」の定義をウィキペディアでチェックしたら、「ログ」とは「記録」という意味で、Web上でLogするWeblogが略されてBlogになったようだ。
私がそのブログなるものを始めたのは2010年の1月からだった。
その頃はまだ島根の片田舎に暮らす自分の周辺でブログ記事を公開している人は殆どいなかったと思うが、それからアッという間に世間へ広がって、またそれからしばらくしてツイッターやフェイスブックが登場して、少し前からLINEが加わって、還暦を過ぎたジジイとしてはとてもややこしいことになってしまった。
私自身は、自分の備忘録的データの記録として、とても都合よくブログを利用させてもらっているが、この度のように日々の記録が追いつかなくなってしまうと、途端に幾つかの時間軸に狂いが生じて収集がつかなくなってきた。
多少前後するが、記憶が薄れないうちに根気よく先週の出来事を整理しておこうと思う。

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