工房むうあと鉄の手仕事

鉄の彫刻家、吉田正純の手仕事、彫刻や展覧会の紹介、万善寺住職活動など、さまざまな日常を公開します。

オヤジ道中記〜シェーキーズ〜 

2017/03/17
Fri. 20:04

吉田家の子供たちは長男を除いて、すべて関東で暮らすことになった。
長女は結婚して埼玉県人になった。
次女は今のところ東京で暮らしているが、また何処かへ移動するかもしれない。
三女は先日職場が決まったばかりで、その近所で暮らすことになった。
何故か、長男は島根県が好きなようで県内のアチコチをウロウロしている。ヒョットしたらそのうち石見銀山へ帰ってくるつもりでいるのかもしれない。
まぁ、そんな感じでひとまず私とワイフの波乱の子育て人生が一段落したと思っている。

キーポンは、就職先が決まってからあと配属先が不確定のまま時が過ぎていたのに、都合良くというか、運良く(または運悪く・・)というか、ちょうど私の彫刻搬入展示終了を狙ったように職場決定の連絡が入って、その流れで一緒に家探しをすることになった。

吉祥寺を彷徨いていたらシェーキーズを見つけた。
シェーキーズというと、18歳で上京して東京暮らしをはじめてから「ピザ」なるものを産まれて初めて食したのがシェーキーズだった。
あまり正確に覚えているわけではないが、確か最初に入ったのは新宿のシェーキーズだったと思う。お店のドアを開ける前から賑やかなデキシージャズが漏れ流れていた。それまで、食事をしながらデキシージャズの生演奏を聴く機会などなかったから、ピザの味も含めて何もかも全てが初体験で、身も心も震えた。
誘ってくれた友人が勧めてくれたフライドポテトはスパイスタップリでホクホクで確かに美味かったし、当時はフライドチキンもメニューにあったはずだ。
一人暮らしの貧乏学生には、しょっちゅう出入りできるお手軽な店でもなかったが、それでも何かの節目だったり、アルバイトの給料日だったりすると、周囲の何人かで誘い合って生バンドのステージ2回ぐらいは長居をしていた。
マクドナルドも上京して18歳の春が初体験だったし、吉野家の牛丼もそうだった。そうそう、ハンバーグは昼バイトを始めた喫茶店のランチタイムではじめて食べた。
とにかく、田舎の山寺で生まれ育った少年は、18歳を過ぎてはじめて食した食べ物が他にも上げればキリがないほど山のようにあったことになる。
いまだにこの年齢になってもジャンクフードが大好きなのは、その頃の食体験があまりにも衝撃的であったからかもしれない。

吉祥寺のシェーキーズは、さすがに時代の流れを感じた。それは、スイーツのような具材のピザが増えたこと。新宿の頃のサラミとかイカ・エビの海鮮とかハムトマトとか、そういう、ある意味定番ピザのようなトッピングが少し減ったような気がする。
それに、客層が変化したようにも感じた。これは吉祥寺という土地柄のことも影響しているかもしれないが、(良く言えば)少し個性の強そうなオジサマとかオバサマがお一人で来店されること。そういう方が隣の席に座ったりすると、純朴な田舎者のチキンオヤジは少々ビビる。
それはさておき、なにわともあれ、いまだにピザというと、やはりあの薄くてペタンとした生地のアメリカンクリスピーピザが一番好きだ。

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