工房むうあと鉄の手仕事

鉄の彫刻家、吉田正純の手仕事、彫刻や展覧会の紹介、万善寺住職活動など、さまざまな日常を公開します。

オヤジ道中記〜ラムの焼肉〜 

2017/03/21
Tue. 15:45

最近数回続けて同じ夢を観た。
だいたいの夢は、目覚めて気がつくといくら思い出そうと頑張っても、その内容のカケラも思い浮かばないほど忘れてしまっている。そんな自分が、自分の見た夢を覚えているということは非常に稀で珍しいことなのだ。

まだ小学校にあがったばかりくらいの少年が、山羊の乳で造ったプリン(だと思う)を食べている。
プリンの容器は、小ぶりの磁器雑器の煎茶茶碗が代用されていて、それを小さな菓子皿に伏せて何度かイジイジと揺すったりしていると、中のプリンがプルンとお皿に出てくる。形は煎茶茶碗がひっくり返ったというか、皿に茶輪を伏せた感じ。それを、大量生産のプレス型で打ち抜いて整形した安っぽいステンレス製のスプーンでスクって食べている。スプーンの形に切り取られた断面の端っこが粘っこく伸びて、やがてちぎれて欠けたプリン本体がしばらくのあいだ皿の上でプルプルとゆれている。その様子を見ながらスプーンをパクリと咥える。独特の生臭くて野性的な味が口の中に広がる。なかなか旨い。
それが延々とリピートされるという夢なのだが、そのプリンの味まで覚えているというか感じているというか、とにかく、プリンを食べるという行為のその一連の状況を現実の出来事のように鮮明に記憶している・・・という、ある意味奇妙な夢を何故か連続して観た。

銀山街道を往復している時に、その夢のことをふと思い出した。なぜプリンの素材が山羊の乳なのか?なぜその山羊の乳なるものの味を自分が覚えているのか?そして、そのプリンを食べている少年は間違いなく自分自身だということ。
古い記憶を手繰ると、保賀の谷の林道を登っていった先にある家で山羊を飼っていたということと、小学校の下校途中にまだ現在の国道が出来る前の昔の砂利道だった国道脇にある掘っ立て小屋に捨てられていた子山羊を見つけて、かわいそうだからと約1kmの距離を寺まで抱きかかえて帰った(結局飼うことはできなかった)ということを思い出した。
それらの出来事は吉田少年にとって、成長の過程の通過点の些細な出来事くらいのものだったのだろうが、山羊というキーワードからは、その程度のことしか心当りがなかった。

東京で半年ぶりにノッチと逢って飲んだ。
昨年に帰国してから、そろそろ1年になる。やっぱり生身の娘と飲んだりすると、時々思い出したようにSNSの会話で盛り上がる程度の距離感が、一気に縮まる。この1年近くの間に大人のオンナになった気がした。色っぽくなったと云うより、分別のある社会人になったと云う印象だ。傍目にはいつまでも落ち着かなくてプラプラ気儘にその日暮らしをしているように見えるかもしれないが、父親としては、親娘の距離が少し遠くなったように感じて、それが彼女の人格の成長だと錯覚したのかもしれない。
彼女が池袋のお店を予約してくれて、ラムの焼肉をたらふく食べた。実に美味かった!
「あっ!ヒョットして、山羊のプリンの夢のネタ元はラムの焼肉かも知れない!」
一瞬、そう思ったが、山羊と羊は、まぁ似ているといえば同類のようなものだろうけど、まさかそれと夢とが重なったとも思えないし・・・なぁ〜・・

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