工房むうあと鉄の手仕事

鉄の彫刻家、吉田正純の手仕事、彫刻や展覧会の紹介、万善寺住職活動など、さまざまな日常を公開します。

お葬式のあとさき 

2017/04/02
Sun. 18:29

母親の骨壷を床の間の観音様の横へ安座した。

その場所は、母が死ぬまで先代の憲正さんの遺影が置かれていて、その前にはお供え物や香炉や花器があって、ちょっとした祭壇のようになっていた。
全ては母親の仕業で、まだ元気なうちは毎日朝晩その遺影へお参りをしていた。
もう1周忌も過ぎて、そろそろ3回忌も来る頃になっても、母親はひたすら憲正さんの写真へ手を合わせていたことになる。
本堂の歴代住職位牌堂へ安座されている憲正さんは、さぞかし寂しい思いをしていたことだろう。

今は、憲正さんの写真に移動してもらって、その場所へ母親入れ代わった。
出来たらこの状態で1周忌までお参り出来ると良いと思っているが、これから1年の間にはいろいろな万善寺の仏事もあるし、49日あたりで納骨することになるかもしれない。
いずれにしても、少ない吉田家の家族と親戚がどれだけ法事へ参集してくれるかわからないから、あまりに寂しい法事になるようだったら、もう少し先まで納骨を引き伸ばすことにもなりそうだ。

ワイフは、お葬式が終わってから子どもたちを最寄りの駅まで送って、その足で石見銀山の吉田家へ帰宅した。
万善寺のある保賀の自治会は、町内のお葬式を手伝うことをJA葬祭へ任せるこちになってからすでに5年は過ぎているはずだ。各家の高齢化が加速して、町内住民だけでお葬式を引き受けることが難しくなってきたからだ。
そのことで、負担が増大したのは喪主とその家族になった。
参集の親族の三度のご飯も、弔問客の接待も、導師の方丈さんのお茶方まで全て喪主家が引き受けることになる。
万善寺というより、吉田家の家族は、私達夫婦と4人の子供の6人家族だから、その数でこれらの全てを遺漏ないように取り仕切ろうと思っただけで目眩がする。
それに、檀家さんが絡んだりすると、もうワイフなどはいつ倒れてもおかしくないほどの心身の疲労を溜めながら立ち働くことになる。
それが、3〜4日続いて、最後は子どもたちの見送りまですることになったわけだから、今日あたりは疲労の度合いもピークに達していて、心配の電話をしたらトロケきった声が電話口から返ってきた。

お葬式の裏で留守になった石見銀山の吉田家では、クロが見事に脱走を成功させていた。
帰宅したワイフの報告によると、ほぼ1日中、人間が留守にした吉田家の玄関から自由に出入りして町内の散歩を楽しんでいたらしい。

ネコチャンズも気になるが、疲れきったワイフの声も気になる。
母親は、もう飯も食うこともなく骨壷に収まっているから、今夜はこれからワイフの様子を見に行ってやろうと思う。

IMG_0738_20170402182718fd5.jpg

[edit]

CM: 0
TB: 0

page top

この記事に対するコメント

page top

コメントの投稿

Secret

page top

トラックバック

トラックバックURL
→http://tetujin29.blog31.fc2.com/tb.php/2606-ec083188
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)

page top

2017-08