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工房むうあと鉄の手仕事

鉄の彫刻家、吉田正純の手仕事、彫刻や展覧会の紹介、万善寺住職活動など、さまざまな日常を公開します。

ゴミの山 

2017/04/03
Mon. 22:32

気がつくとこの6日間自分の耳に音符のある音が全く入っていない。
「こういうこともあるのだなぁ」と気がついたことに、自分で驚いている。

ワイフは、母親の葬式が終わって、そのまま石見銀山の吉田家へ帰った。
私の方は、母親の白木位牌を守りながら寺暮らしを続けつつ、すでに決まっている法事や七日務めを続けている。
朝のおつとめを終わってから、落ち着く間もなく庫裏の整理をしている。
古いものは明治の頃からの什器や衣類や寝具などがアチコチへしまいこんであって、普通なら手のつけようもないくらい複雑に絡み合っている。
今更ながら、前住職夫婦の物持ちの良さには呆れるほど感心する。

お葬式前の片付けで、目につく目先のモノを片端からゴミにしていたら、人の動線にゴミ袋の山が出来てしまって収集がつかなくなった。
檀家に振ってもワイフに振っても地域のお手伝いへ振っても、だいたいみんな自分のことが優先で、「ハイハイ」と気軽にゴミの始末を引き受けることもないだろうと、はじめから水を向けてお願いすることもしないまま、それでも一番頼みやすいワイフへだけは万善寺の仮のゴミ置き場を指示しておいた。
今日になって少し余裕ができたから、押し込んでおいたゴミの山からひとまず燃えるゴミを集めて町内のゴミ処理場へ持っていった。行政区域が変わると微妙に分別内容も変わってくるから、まずはそのノウハウをチェックしておいたほうが無駄がないだろうと思ったからだ。処理場の受付のご婦人が丁寧に分別システムを伝授してくれた。案の定、寺のゴミの山はとてもいい加減なまま袋へ詰め込んでしまっていた。

もう、かれこれ20年位前のことになる。
まだ憲正さんがそれなりに元気に歩いて、寺の参道を自力で登り下りしていた頃、保賀の集落のほぼ中所にあるゴミ集配所まで1輪車へ山のように寺のゴミを積んでヨチヨチと運んでいたことを思い出す。その後、次第に体力も衰えて集配所までの往復が出来なくなってからは、寺の庫裏のアチコチへゴミを押し込みつつ、一方で燃えるモノはことごとく畑の炭へ持っていって焼却するようになった。

寺の風呂は、葬式の手伝いを兼ねてノッチがセッセと片付けてくれた。それでもたった1日にもならないくらいで全てキレイに片付くわけもなく、掃除が途中のまま東京へ帰っていった。現在は、その状態が手付かずのままだから、ゴミ捨て場経由で石見銀山の吉田家へ向かった。
シャワーを浴びて髭をそった。久しぶりにさっぱりした。
夜になるとまだまだ冷え込むから、薪ストーブがいい働きをしてくれる。
1日中何処かでゴロゴロと寝てばかりいるネコチャンズが、何処からかストーブ周辺へやってくる。あいつらは、人間を上手に使う。ストーブごときで猫に愚痴を言ってもしょうがないが、せめて傷心過労のオヤジに「たまには抱かれてやろうか」くらいの気配りもほしいな。

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