工房むうあと鉄の手仕事

鉄の彫刻家、吉田正純の手仕事、彫刻や展覧会の紹介、万善寺住職活動など、さまざまな日常を公開します。

石見銀山の朝 

2017/04/07
Fri. 21:51

生来の怠け者だから何かしなければいけない事を始めるまで、なかなか心身のエンジンがかからない。
暖気運転で少しずつやる気を引き出して目先のアレコレに取り掛かるのだが、やっといい感じで仕事が回転し始める頃に限って電話がかかってきたり認印の必要な郵便物が配達されたり集金の誰かがやってきたり、その上、自由気ままで身勝手なクロがチョッカイを出してきたり人見知りのシロが珍しく擦り寄ってきたりと、とにかく自分の周辺が落ち着かないまま1日が過ぎる。

母親の葬儀から1週間が過ぎた。
その間、毎日があまりにも早くに過ぎて消えてしまうから、自分の仕事や用事がどんどん後に回ってしまう。大なり小なり肉親の死に別れが精神のダメージを誘うものだと気持ちでは解っているつもりだが、自分の現実となると日々感傷に浸って鬱々としている暇もないほど眼前の客観的事実に責められる。
やはり、世間の他人はそういうもので、他人(ひと)の都合より自分の都合を優先する。

寺での法事が迫っているから、とにかくそれまでに見た目だけでも小奇麗にして平静を取り繕っておかないといけないし、毎日朝から夕方まで食事も忘れて立ち働いていたら、調子の悪い膝がみるみる動かなくなって、階段の昇り降りで膝を曲げる度に激痛が走るようになってきた。
早めに仏壇用の位牌を作っておかないと四十九日に間に合わないから、約45分かけて仏具屋さんまで走った。
「この度は突然のことで・・・」などと形ばかりのお悔やみを頂いた後早速位牌作成の商談に入った。
事務的に粛々と進む会話がとにかく空虚だ。

仏教では四苦八苦の教えがある。
この度の、母親との別れはそれの一つ「愛別離苦」に該当すると云っていいだろう。
これも、自分の人生で避けて通ることの出来ない当然の根本だということは商売柄十分承知していることだが、それが我が身のこととなるとやはりどこかしら気にかかることもあって、素直にゴクリと飲み込むことも難しいところがある。
見た目にはクールに平静を装っていても内心は結構深刻なダメージを受けていたりする。
こういう時になると「自分の人生は、果たして幸せなのだろうか?」などとふと考え始めたりする。
それこそそのことでとろけた脳みそが飽和状態になって大事な仕事の思考システムが断続的にフリーズして何度となく再起動して気持ちを切り替えたりする。

自分の事情は抜きにして、毎日世間は世間の事情で絶え間なく動き続けている。
一方で、とても辛くて心の支えがポキリと折れてしまいそうなときもあるが、とにかく踏ん張るしか無い。
石見銀山の朝は、いやに生暖かくて霧に包まれていた。

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