工房むうあと鉄の手仕事

鉄の彫刻家、吉田正純の手仕事、彫刻や展覧会の紹介、万善寺住職活動など、さまざまな日常を公開します。

さくらさく 

2017/04/08
Sat. 23:04

1日中吉田家の書斎へ閉じこもってデスクワークをした。
書斎は、現在2階の町並みに面したひと部屋へ移動している。
もともとはじゅん君が一人で使っていた部屋だったのを、キーポンが引き継いで高校を卒業するまで勉強部屋にしていた・・・はずだが、本来の目的で使われていたことはほとんどなくて、小学校から中学高校を卒業するまで日常のだいたいを私の四畳半の書斎で過ごしていた。
その四畳半の書斎は私の寝室も兼ねている。
どうも落ち着かないから寝るときくらい一人になりたいと、ほとんど使っていないキーポンの部屋へ移動して長い間家庭内別居をしていたワイフを説得して四畳半へ呼び戻していたのに、先頃、倉吉で学生生活をしていたキーポンがめでたく卒業して吉田家へ引き上げると、またその狭い四畳半へ転がり込んできた。
どう考えても、家族三人の居場所として四畳半は狭すぎる。その上、四六時中ネコチャンズもウロウロするし、あまりにも劣悪な環境でデスクワークも思うようにはかどらないから、結局巡り巡って私が2階へ避難することにした。

吉田家の2階にはクローゼットを兼ねたもうひと部屋があって、ノッチが中学を卒業するまで使っていた。
今は完全に物置部屋になっていて、時々私の大衣をたたむくらいにしか使っていない。
書斎移動のドタバタが少し落ち着いた先月の終わり頃、就職の決まったキーポンの引っ越し整理と、ノッチの何度目かの転職就活で必要な過去の資料を探すことが重なって、久しぶりに2階の二部屋が活性した。

ノッチは、吉田家の家庭事情で中学校を卒業と同時に東京の高校へ入学した。
2年生になる前に留学の資料を自分で揃えて親を説得して、高校へ通いながら数カ月の研修を続けて、7月にアメリカへ留学して、1年間をケンタッキーのルイビルで過ごした。
周囲に日本人がいなかったことが幸いして結構英語が喋れるようになったようだし、アメリカの高校で勉強した教科の単位読み替えも上手くいって、帰国してから学年をダブること無く3年間で高校を卒業出来た。大学も自分で決めて受験をしつつ親を説得した。
とにかくノッチは頑固に自力ですべてを決めて乗り切るものだから、親として口を挟むスキもないまま彼女主動でコトが進んだ。
卒業後も特にアクセク就活に励むでもなく、フラフラとフリーター暮らしを続けながら資金を貯めて、上手に彼女の人脈をタグってシンガポールへ渡航し、上司のパワハラに絶えつつ2年近く勤め上げ帰国して今に至っていたはずだったのだが・・・何処からか、アメリカ企業の1年契約求人募集を見つけ出して何度目かの就活に入った・・・ということは聞いていたが、何回かの面接試験をクリアーしてひとまず「補欠採用」というところまでこぎつけたことを聞いたのがつい先日のこと。

夕方までデスクワークをして、ワイフと一緒に万善寺へ移動した。
断捨離の最中にワイフがなにやら大声で話している。
会話の相手はノッチ・・・補欠採用が正採用になって渡米決定!・・あいつは凄い娘だ。

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