工房むうあと鉄の手仕事

鉄の彫刻家、吉田正純の手仕事、彫刻や展覧会の紹介、万善寺住職活動など、さまざまな日常を公開します。

5月のアクティビティ 

2017/06/05
Mon. 23:11

AppleWatchを買ったのは、自分への誕生日プレゼントと、結婚記念日の記念品と、35年間私のワガママに付き合ってくれたワイフへの慰労と、吉田家の4人の子供たちすべてが社会人になってひとまず子育てが修了した祝を兼ねたものだ。
これだけ色々なアレコレを無理矢理くっつけて一つにまとめて済ますことはオキテヤブリかも知れないが、最近の2〜3の年回法事をまとめて1つの法事で済ませてしまうような檀家さん方のやり方にいつの間にか染まってしまったのかもしれない・・などと、自分の行為を正当化してしまったりしている。

AppleWatchのことは、その情報が流れ始めたときから気になっていた。
まだ2年も経っていないが、以前使っていたノキアがどうにもこうにも動かなくなってdocomoに駆け込んだら、「すでに生産していない商品ですので、お客様のご要望には添えかねます」とアッサリ見捨てられてしまった時に、渋々と買い替えたのが当時の携帯電話で一番小さかったiPhone5sだった。
それ以来、少しずつiPhoneの使い方に慣れてきて、そうするうちにAppleWatchとの連携のことが気になりはじめて、比較的クールにそういう情報を収集しつつ静観していた。
そういう時に、吉田家の記念すべき幾つかの出来事が集まり始め、その上、俊江さんの死亡もあって、色々なことが何かの形になって記憶されることも良いかもしれないと思いはじめて夫婦揃っての購入に至ったわけだ。

たぶん、AppleWatchがタダの時計だったら、未だに魅力を感じないまま買わないで過ぎているだろう。
私が腕時計を腕から放棄したのは島根県へUターンしてしばらくしてからのことだった。
最初の時計はシチズンの自動巻きスレンテスベルトを俊江さんのお父さんで私のおじいちゃんから高校入学祝いにプレゼントされたものだった。その時計は、高校3年間私の腕で動き続け、一緒に上京してからも故障なく動いてくれていたが、大学に合格して、その春の新入生歓迎会の夜に大学から上野駅までの何処かで落として失くしてしまった。
私にとっては、おじいちゃんの思い出がいっぱい詰まった時計だったからなかなか諦めきれないままお盆の棚経を手伝いに帰省した時、憲正さんに腕時計をしていないことを発見された。正直に事の経緯を話したら、お盆を過ぎて学業へ帰る時に、寺の近所の時計屋さんでその時流行していたセイコーの時計を買ってくれた。とても申し訳ないまま、有難く頂いてそれからUターンして島根に帰って壊れて動かなくなるまで約10年間使い続けた。壊れてからしばらくそのままで暮らしていたらいつの間にか腕時計が無くても気にならなくなって、それから数年して携帯電話を持つようになって、時間はそれがあれば用が足りて不便を感じない暮らしが続いた。

もう、自分と四六時中行動をともにする機械は携帯電話に切り替わっていて、生涯腕時計とは縁がないだろうと、今でも思っている。
私にとってのAppleWatchは、iPhoneの延長の便利グッズのようなもので、時計とは思っていない。
おじいちゃんと憲正さんにもらった腕時計は自分の思い出の中で今でも動いている。

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