工房むうあと鉄の手仕事

鉄の彫刻家、吉田正純の手仕事、彫刻や展覧会の紹介、万善寺住職活動など、さまざまな日常を公開します。

如山林中花 

2017/06/12
Mon. 23:30

如瓶鉢中花(へいはつのなかのはなのごとし)
如盆檻中花(ぼんかんのなかのはなのごとし)
如山林中花(さんりんのなかのはなのごとし)
・・・その人の人物としての技量度量人徳の大きさ深さを花に例えて示したものだ。

ザックリいうと、今から400年ほど前に万善寺へ臨済宗の方丈さんが晋山された。
その後、二世の代に本寺が曹洞宗へ改宗したことに合わせて万善寺も曹洞宗になった。
ちょうどその頃、中国は明の時代。儒教道教仏教の三教の壁を超えた持論を「菜根譚」にまとめたのが洪自誠さんだった。前記の言葉が、その菜根譚の一節。

吉田家長女のなっちゃんが、この度の法事へ都合をつけて帰ってくれることになった。
なっちゃんの名前には「菜」の字を使った。打ち明けると、色々な意味がその一字へ含まれていて、たとえばその一つが菜根譚からいただいたものである。そういうこともあって、彼女の就職が決まった時に、単行本仕様の菜根譚を奮発してプレゼントした。「あれ、読んでるかい?」と聞いてみたら、「なにそれ?」と返ってきて、どうも読んでいないようであった。どうせそんなことで、昼寝の枕代わりにもなっていないだろうと思っていたが、その通りの様子だった。まだ、20代の若さに洪自誠さんの境地を望むのも酷なことかもしれない。

島根で暮らしていると、若い美術家に巡り合うことが少ない・・というより、ほぼ無いことだから、気がつけば、何かのきっかけとか出会いとかを求めていたりすることがあって、たとえば、大学の卒業制作展とか、高校の美術展とか部展とかそういう情報にパクリと食いついて、できるだけ時間を調整して出かけるようにしている。
彼らのほとんどは社会人になるとひとまず制作から手を引いてタダのヒトになってしまうようだが、それでも何人かは仕事をしながら地道に制作を続けていたりする。

今年の春先に倉敷児島へ彫刻を展示させてもらった時も、そういう若い制作者の一人と一緒に作品展示することになった。
彼女は、島根県大田市富山町の「とみやま彫刻フィールドアートワーク」へ個展参加もしてくれていて、その時の教室展示がとても面白くて、次の展開を期待していたから、倉敷がどういう構成の展示になるか楽しみだった。
結果、空間に溶け込むような浮遊感がとみやま以上の表現になっていて、造形の構成が少し前進したふうに感じた。

学生時代の研究制作は、ある意味ハウス栽培の野菜のようなもので、粒も揃ってソコソコ美味しいが、ハウスの中でしか旨く育たなかったりする。自力でコツコツ制作を続ける経験の浅い若い作家は、鉢植えで育てる野菜のようなもので、誰かがこまめに水やりなどしてやらないと収穫までに枯れてしまう。地物の露地野菜は、そのままにしておくとトウが立って花が咲いて、種まで出来てそれが落ちて、翌年の時期になると気づけばオノレバエで新芽が出ていたりする。旨いかどうかは別にして、劣悪な環境を凌ぐ逞しさが良いな!

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