工房むうあと鉄の手仕事

鉄の彫刻家、吉田正純の手仕事、彫刻や展覧会の紹介、万善寺住職活動など、さまざまな日常を公開します。

カラッポの意味 

2017/06/14
Wed. 23:27

「地球は、なんと醜い星なんだ!海も山も生命で満ち溢れているではないか・・・」
みたいなことが書いてあった、ある小説家のある長編?小説を読んでいて、「なるほどな!」と納得したことがあった。
・・・さて、何時ぐらいのことだっただろう・・・
今は、その「ある小説家」は「たぶん、あの人だったよなぁ〜」と、チョット心当りがある気もするが、なんとなくそう思っているだけで確証はない。そんなことだから、「ある長編?小説」となると、まったく記憶になくて、それが果たして長編だったかどうかも曖昧だ。
とにかく、確かに、「地球という星を、そういう見方で認識することも出来るな!」と、実に素直に、納得できた自分がいたということだけは事実だ。

これも、出典は全く記憶にないが・・・
「器は、カラッポであるということに意味があるのだよ。カラッポであるから、器として機能するのだよ」と、「器」が定義付けてあったその一節をよく覚えている。正確な記憶ではないから、言葉なり文章なりの言い回しは違っているが、だいたいそのような内容の言い回しであったように思う。

憲正さんの3回忌と、俊江さんの納骨と、それに、少し早いが俊江さんの百ヶ日を一つにまとめた法事に向けての準備が、約2ヶ月半の期間ひたすら続いて、やっとその法事当日が直前に迫ってきた。
まさか、1日で始まって終わる年回法事に、これだけ長期間の準備が必要だとは思ってもいなかった。
準備といっても、その約90%は庫裏とその周辺の片付けと営繕作業に費やされた。
今現在も、万善寺二十三世住職である自分の思い描く空間には程遠い状態が続いていて、環境整備が収束するまでに、最低でも概ね2年は必要だと予測している。

本堂の方は、憲正さん遷化以降、2年かけて少しずつ整理を進めていて、あとは、時期を見て仏具什器の撥遣をして、まとめてお焚きあげをすることができれば、ひとまずは落ち着く。
庫裏の方は、なかなかそう簡単にはいかなくて、俊江さんの嫁入り以来、ピクリとも動かないで鎮座したまま老朽した箪笥の撤去からスタートしないと、次の作業に移れないし、数少ない押し入れには、生前の二人分の品物があふれかえるほどに詰め込まれていて収納の用を成さない状態だし、床や畳の敷物を上げると、その下は腐れが進んで手のつけようもない状態になっていたり・・・などなど、次々に発見される障害の数々に圧倒される数ヶ月であった。
先日も、積年のホコリや汚れを雑巾掛けして磨きあげて、やっと見た目もマシになったと思っていた板の間の床を自分で踏み抜いてしまった。
掃除をしてキレイにしているのか、家のアチコチを壊して歩いているのか訳がわからなくなってきた。
何もないこと、カラッポであることの本意を身をもって感じている今日此頃である。

IMG_1909.jpg

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