工房むうあと鉄の手仕事

鉄の彫刻家、吉田正純の手仕事、彫刻や展覧会の紹介、万善寺住職活動など、さまざまな日常を公開します。

我儘住職の抵抗 

2017/06/16
Fri. 23:12

禅嶽憲正大和尚の祥月命日をご縁日にした3回忌の法要に、俊江さんの大練忌と卒哭忌を併せて吉田家家族親族が集まって法事を厳修した。

当日に向けて準備を始めたのは、4月1日の俊江さん葬儀が終わってすぐの頃だった。
それから約2ヶ月半は、幾つかの仏事で随喜しながらひたすら坊主家業に集中し、また、万善寺内外の片付けや修繕、整備が続いた。
石材屋さんと相談しながら墓地の改修や整備も進め、永代供養墓建立もほぼ完成が見えてきた。

私も、限りなくジジイに近いオヤジであるから、そろそろ、1日の肉体の疲労が蓄積されて次の日に持ち越され、身体の痛みで一晩の睡眠もまともに取れない状態が続いた。
そんなこんなでいろいろあったが、一方で、島根県上空は連日好天に恵まれ、私の行く先々でそういう幸運に何度も助けられた。

導師様はじめ、ご随喜方丈さま4ヵ寺、憲正さんと俊江さんのご親族7名、それに吉田家4名で総勢15名の参集となった。
憲正さんの親族は兄弟姉妹が多くて、何かの折に集まると8畳二間がビッシリ埋まって、それでも足らないくらいになる。
俊江さんの親族も元は多かったが、比較的短命が多くて今は半減した。
私は6人家族で、子供たちは長男のじゅん君が島根県内へ残っているだけ。今時のことで、気軽に慶弔事で仕事を休むわけにもいかないから、この度は、東京暮らしの三姉妹を代表して長女のなっちゃんがじゅん君と一緒に参列してくれた。

寺の仏事は、在家の仏事とは少しずつ様子が違う。
一般には、寺の仏事を準備段階から寺族と檀家が協力して仕切ることが多い。
浄土真宗では、内室さんを「坊守さん」と称して、ご院家さんとほぼ同格の扱いになっていたりするが、曹洞宗では坊主夫婦で寺を維持管理しているわりに、内室の奥さんは「寺族」で一括りにまとめられる程度の扱いになっている。建前上は寺族代表とか寺族婦人部とか、そういう役付で扱われているようだが、組織的な実態は曖昧な状態だ。元々が禅宗坊主の男社会で組織だっていたものだから、そういう名残が今に続くのも当然なことだ。
私は、万善寺住職として、ワイフや子供たちを寺族扱いしないようにしている。
ワイフの方は、坊主の吉田正純に惚れたのではなくて彫刻家の吉田正純に惚れて(だと思うけど・・)結婚したわけだし、4人の子供たちは坊主の子供としてこの世に生を受けたわけでもなく、普通に我々夫婦の子として生まれてきたわけで、彼らの人生は彼らの意思で選ぶ権利がある。
吉田正純の場合は、生まれたときから寺の息子として生まれ育てられた経緯があるから、自分で自分の意思を操作できる状態が存在しないまま今に至っている。個人では色々思うところもあるが、それはそれとして自分に託された宿命であると飲み込んで受け入れている。この度の法事も、檀家衆にすがること無く、家族にもできるだけ迷惑をかけないように取り仕切ったつもりでいる。まぁ、我儘住職のささやかな主観的抵抗である。

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