工房むうあと鉄の手仕事

鉄の彫刻家、吉田正純の手仕事、彫刻や展覧会の紹介、万善寺住職活動など、さまざまな日常を公開します。

百日紅のこと 

2017/06/23
Fri. 23:04

島根県は梅雨に入ってからほとんど雨が降らない。
田植えの終わった田んぼは、そろそろ水が足らなくなりつつあるようだ。
幸い、保賀の谷は適度に水量があるのでよっぽどのことでもない限り水不足で悩むことはない。
それでも、兼業農家は土日あたりに集中して田仕事へ入るから、それで水の流れが一気に変わることもある。
お百姓さんもなかなか気の抜けない毎日が続いているわけだ。

この2・3日急に暑くなってきた。
相変わらず万善寺の通勤坊主をしているが、幾つかの寺の用事と、庫裏の修繕業者さんが入ったのとで、それが一段落するまで寺に常駐することにした。
寺の夜はこの時期でもかなり冷えて寒いし、台所で使う井戸水はやたらと冷たい。
それだけのことだが、それだけのことがとても贅沢に思えてくる。

決して広くない境内の端に百日紅がある。
50年ほど前は、幹が大きく2つに分かれて適度な日陰を作ってくれていた。
私が寺を出て一人暮らしを始めてからあとになって、その幹の1本が枯れた。
夏休みでお盆の棚経の手伝いへ帰省した時はすでに枯れた幹が切り払われて、なんとなくバランスが崩れた変な感じになっていた。
子供の頃はその百日紅の下が絶好の遊び場になっていたから、そのことが思い出されて残念でガッカリした。
残った方の幹から横に広がって伸びた枝はまだかろうじて健在で時が来るとそれなりにタップリと花を咲かせていた。私がまだ小さい頃、近所のおじさんがその枝にロープを結んでブランコを作ってくれた。小学校に入ってもまだぶら下がっていて、学校から帰るとランドセルのまましばらくブランコで遊んだ。
そういう思い出深い百日紅が数年前から急に弱ってきて、全く花を咲かせないまま秋になってしまった年があった。気がつくと、その百日紅周辺にあるサツキなどの低木もあまり元気がない。オノレバエのヤマユリが毎年同じ場所で芽を出していたはずなのにそれも見当たらない。その年の気候のせいだとも思ったが、今年のような空梅雨でもなかったし、それほど自然条件が厳しいとも思えないまま、そういう状況を心配しながら棚経に出かける毎日が続いていた或る日、俊江さんがジョロでセッセと水やりをしていた・・・と思っていたら、それが液体の枯葉剤だった。百日紅の根本もその枯葉剤で濡れている。
元気がなくなった原因がそれでハッキリした。
やめてくれと頼んだが、雑草にしか効かない薬だから大丈夫だと譲らなかった。
そういう、曰く付きの枯葉剤の瓶を先日片付けの最中に見つけた。
俊江さんは、死ぬ3年ほど前から足腰が弱って境内の整備をしなくなった御蔭で、弱りきって瀕死の状態だった百日紅が少しずつ元気になってきて、根本から若い脇芽も出てグイグイ伸び始めた。この調子だと、今年の夏は花を咲かせてくれるかもしれない。
ちょうどその頃、万善寺では施食会と大般若経転読会がある。
さて、あの瓶はどうやって処分すれば良いんだろう・・・

IMG_1969.jpg

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