工房むうあと鉄の手仕事

鉄の彫刻家、吉田正純の手仕事、彫刻や展覧会の紹介、万善寺住職活動など、さまざまな日常を公開します。

彫刻家のモチベーション 

2017/06/25
Sun. 23:51

少し雨が降って、「やっと梅雨らしくなったな」と思いつつ、一方で外仕事が出来ない上に、境内周辺の「草が一気に元気になるな」と少々うんざりしながら奥出雲へ向かった。
俊江さんの百ヶ日が過ぎるまでは万善寺のことが気にかかってどうも落ち着かないまま毎日が過ぎていたが、憲正さんの3回忌に併せて永代供養墓の建立や俊江さんの納骨を済ませたりしてやっと気持ちが彫刻の方へ向き始めた。
とにかく、6月のうちに今年の彫刻スケジュールを組み立てておかないと彫刻家吉田正純のモチベーションが永遠に崩壊してしまいそうな気がして、気持ちが萎えていたところだ。
見方をけると、梅雨の雨もある意味自分を救ってくれているのかなぁと思ったりしないでもない。
やはり私には、適度な「雨男」が似合っているのかもしれない・・・

万善寺から奥出雲町へは、峠を2〜3越えると1時間以内で到着する。そういう近道もあるのだが、結界君の息切れして大変そうな様子を感じながら運転を続けるのが忍びなくて、わざわざ遠回りをして楽な道を走ることが多い。
いつもだったら迷うこともなく町境のトンネルを抜けてもそのまま国道を直進してしまうが、さすがに今は彫刻の遅れのほうが気になって迷わず右へハンドルを切ってしまった。

午前中は法事を請け負っていたから、万善寺のことでモタモタしていたら出発が午後の4時を過ぎるぐらいになった。
遅刻を連絡して待ち合わせの場所を少し変更して小雨の中を奥出雲へ急いだ。
奥出雲の窓口でお世話になっているOさんは、私とどっこいくらいの年齢で、最近まで公務員の行政マンだった。
私の偏見だと思うが、どうも行政マンはモノの考えや組み立てが硬っ苦しくて性に合わないところが多いのに、Oさんは珍しく(失礼!)フットワークが軽くてとてもアクティブなヒトなので気楽に付き合えて、すぐに甘えてしまったりする。
この度も、彫刻展の日程を事前に打ち合わせしておく必要があって、迷わず彼にすがったところだ。
事務的な話はトントンと軽く進んで、あとはダラダラと他愛ない会話が続いた。それがなかなか楽しくて、結局万善寺へ到着したのは夜の8時になっていた。

梅雨らしい雨も、ほぼ1日続いていたが結局長雨になる前にあがってしまって、いつの間にか空から雲が切れた。しばらく石見銀山の吉田家から遠ざかっているし、ネコチャズのことも気になるし、別居ぐらしに慣れはじめたワイフの気持ちが大きく遠ざかるのも心配だから、次の日は朝から溜まった寺のゴミなどを整理して石見銀山へ向かった。

留守にしていた一週間の間に郵便物がたくさん溜まっていた。その中に、一ヶ月ほど前にあった晋山式の記念写真が届いていた。
万善寺現住職の晋山式は結局時代に流されて何処かへ消えて無くなっていくのだろう。
まぁ、それもボクらしくて良いかもネ・・・

IMG_1977.jpg

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