工房むうあと鉄の手仕事

鉄の彫刻家、吉田正純の手仕事、彫刻や展覧会の紹介、万善寺住職活動など、さまざまな日常を公開します。

一本の電話 

2017/06/28
Wed. 23:35

大森小学校へ通う集団登校の賑やかな声が吉田家の前を通り過ぎたら、簡単にその日の荷物を準備して石見銀山の町並みへ出る。
万善寺への通勤坊主が最近の日課になっていて、「しばらく休んでいないから、たまには1日ゆっくりと映画でも観て過ごしたいなぁ〜」と、毎朝のように気持ちはそちらの方に傾いているのに、身体のほうが勝手に反応して出かける準備に入ってしまう。
今日もそんな感じで疲れの取れきらない身体を引きずるように結界くんへ乗り込んで銀山街道へ入った。
その頃はまだ雨も降らないでいたが、梅雨の雲は低く下がっていて、何時降りはじめてもおかしくない状態だった。

万善寺へ着くと、保賀の鳥たちへ朝ごはんを振舞う。
それから本堂や庫裏のアレコレをいつものように一巡し、朝のコーヒーを抽出する。
外仕事は絶えることがないので気長に取り掛かるしか無いが、デスクワークの一つ一つはそれなりの締切りもあるから、午前中はそちらを優先するようにしていて、そろそろそういう流れが出来て習慣になりつつある。
狭い部屋へ閉じこもってイジイジとデスクワークで過ごすのも気が滅入ってはかどらないから、業者さんが撤退してから後はテーブルを庫裏玄関の軒先に持ち出した。
開放感が心地よくて、周囲のノイズで煩いわりに集中が持続して、気がつくとお昼を過ぎていたりする。
ひとりメシをつくる時間の無駄が、かえって仕事の気晴らしにもなって都合良かったりもする。
坊主の営業は開店休業状態であるが、それもあまり気にならなかったりする。
こういう状態でいられるということは、それなりに贅沢であるのかもしれない。

現代彫刻小品点のデータをまとめていたら電話が鳴った。徳島の彫刻家松永さんからだった。久しぶりだったが、相変わらず元気そうな声だった。用事の電話ではあったが、それも確認程度のことで、世間話がほとんどだった。
最近の吉田は、彫刻家というより坊主家業にベッタリ浸かりっぱなしでいることのほうが多くなっているから、彫刻絡みの書類作成がなんとなく空々しくもたついていたところだったので、松永さんからの電話で彫刻の感を少し取り戻すことが出来た気がする。
会話の途中で、永代供養墓の自然石のコトが出てきて、「さては、松永さん・・ボクのブログを見たな!」と、ピンときた。
私の現状をつぶさに見抜かれているようで、ドキリとして「ヤバイ!」と思ったが、一方で彼のさりげない親愛の支援が伝わってきた。

いつもいつも、ダラダラとりとめもなくその日の出来事を垂れ流しているだけのことなのだが、たまに、松永さんのように行間をくみ取ってさりげなく励ましてくれるヒトもいて、心の支えになっているし、踏ん張っていられたりする。
ブログがソコソコ継続しているということは、まぁ、自分がソコソコ元気で正気でいられているということなのだろう。

IMG_1981.jpg

[edit]

CM: 0
TB: 0

page top

この記事に対するコメント

page top

コメントの投稿

Secret

page top

トラックバック

トラックバックURL
→http://tetujin29.blog31.fc2.com/tb.php/2684-4aa852ac
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)

page top

2017-09