工房むうあと鉄の手仕事

鉄の彫刻家、吉田正純の手仕事、彫刻や展覧会の紹介、万善寺住職活動など、さまざまな日常を公開します。

豪雨のあと 

2017/07/05
Wed. 23:30

島根県は、今までに経験のないほどの局地的豪雨になった。
過ぎてしまえば、だいたい1日のうちにはじまっておわるほどの間だけだが、その1日で降る雨の量がとてつもなく多かった。
ほんの数kmしか離れていない場所で全く降り方が違っていて、河川の増水は予測できる余地が無いほど一瞬で迫ってくる。

石見銀山のワイフは、その日も仕事で近くの中学校へ出かけた。
朝のうち残っていた雨も、帰宅する頃にはやんでいたようだ。
飯南高原の方もほぼ似たような感じだったが、石見銀山より若干東南に位置しているから、その距離ほど雨が遅くまで残った。
それでも、通夜に出かける頃は雨も上がっていて普通に傘もいらなくて雪駄で用が足りる状態だった。

近隣の若い方丈さま方が心得た所作で準備が整い、檀家衆の動きにも遺漏なく、粛々と当夜の差定が進んだ。
おもえば、万善寺の憲正さんはすでに遷化の数年前から現役住職を辞して東堂の暮らしをしていたから、檀家葬といっても、なかなか寺院葬儀の詳細が行き届かなくて取りまとめに苦労したところもあった。
この度の浄土寺さん遷化は、現職のご住職で、ほんの数週間前まで仏事にお勤めでもあったから、お檀家衆の驚きと悲しみは計り知れないものであったろう。
悔やみ受けの受付に立つ遺弟さんと檀家代表さんを前に、言葉にならない号泣の弔問客があとをたたなかった。
方丈ささまのお顔が見れるのも、あと1日だけになった。

密葬の朝は早い。
法要はもちろん、出棺から荼毘、拾骨と安位までおつとめさせていただこうと思っている。
1日前の未曾有の豪雨がウソのように雨も風も止んで天気も回復している。
浄土寺さんでは、この春に内室さんを看取られ、先日49日の法要が終わったばかりだった。
方丈さまも、どこかしら気持ちの支えが無くなって気落ちが加速したのかもしれない。
内室さまの後を追うようにあわただしく遷化された感じだ。
私が物心ついて、随喜の方丈さんのあいだを無邪気に駆け回っていた頃から浄土寺さんがいらした。
万善寺を離れていた数十年の間も、病気療養の憲正さんを支えて頂いた。
これから少しずつ、受けた御恩をおかえししようと思っていたが、それも出来ないままお別れすることになってしまった。
あとは、息子の遺弟さんが寺を引き継がれて安泰ではあるが、その息子さんも松江のお寺の住職であるし、当分の間は浄土寺も留守がちで寂しくなる。
今は只々、冥福を祈るばかりだ。

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