工房むうあと鉄の手仕事

鉄の彫刻家、吉田正純の手仕事、彫刻や展覧会の紹介、万善寺住職活動など、さまざまな日常を公開します。

今を生きる 

2017/07/08
Sat. 23:31

〜「“禅的な生き方とは何か”と考えてみると、それはつまり、“今を生きる”ことではないかと思うんです」〜

ダイアン・レイン・・・知ってますか?
吉田よりだいたい10歳くらい若いアメリカの女優さん。
彼女がまだ10代のときだったと思うが、「アウトサイダー」で始めてみた。
おっぱいが大きくて、可愛くてエロチックで・・・そういうことばかり目についた。
よく覚えていないが、ワイフと結婚して島根に帰ってすぐくらいの映画だったと思う。
あの頃は、まだ自分も世間的には「若者だ!」と思っていたから、違和感なくすんなりと映画の世界へ入ることが出来た。
とてもシンプルで、先の読める、ある意味安心して観れる古いタイプの作りが少し物足らない気もしたが、何かとひねくり回した難しい映画も多かった頃だったし、島根県に帰ってから、簡単に軽いノリで娯楽に走ることも難しい時だったから、そこそこ強く印象に残っている。

久しぶりに観た彼女は、美しい熟女になっていて、あのおっぱいも健在で、益々色気が増していた。
華のある女優さんが、まさか「禅」を語るとは想像もしなかった。
色々な役に出逢う中で、自分を捨てて役にハマることの難しさから、精神の平静を保つことは大変なことで、時には自分を見失ってしばらく立ち直れなくなってしまうこともあるようだ。
役者というのはよっぽど強い理性を持っておかないと務まらないのだなぁと思った。
そういう職業だから、よけいに「禅」の世界に救われてきたのかもしれない。
前記の彼女の言葉には、坊主である私がいつも大事に思っていることが実にすんなりと自然にシンプルに表現されていると思う。

正確な所作や、上手なお経や説教が出来ることも大事なことであるのだろうが、もっとそれ以前に飾りのない素直でシンプルな宗教家としての自分の存在を明確に示し伝えることも大事だと思う。
私のように、生まれたときからお寺の境内の中で大きくなって、そのまま惰性で坊主になって、何の疑いもなく当然のように住職にまで決められたルートを手繰り、なにも考えないで、なにも疑問を持たないで、宗教家としての自覚も希薄で、世間の常識を疑うこともなく、坊主としての技量を研鑽するでもなく、毎日を平穏に暮らし通しているような坊さんもけっこう沢山いるようなきがする。

「◯◯寺は、外人の坊さんがいっぱい修行をしている」・・・というような坊主どおしの会話を聞いた。
「僧侶」という職に、人種の違いなど関係ないだろう・・・
大事なのは、修行の積み重ねでナニを求めナニを掴みナニに気づきナニを伝えるか・・そういうあたりのことのような気もしている。

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