工房むうあと鉄の手仕事

鉄の彫刻家、吉田正純の手仕事、彫刻や展覧会の紹介、万善寺住職活動など、さまざまな日常を公開します。

緩い付き合い 

2017/07/10
Mon. 23:52

ひとまず万善寺の用事を切り上げて制作に入ることにしようと、石見銀山暮らしを再開させた。味気ないひとりメシもつくらないでいいし、癒やしのネコチャンズを何時でも抱きしめられるし、ワイフも近くにいて旨いメシが食べられる。
まぁ、自己虫オヤジの身勝手なことで、周囲の迷惑も気が付かないわけでもないが、そのあたりは見て見ぬふりを通している。

しばらく病院の定期通院から遠ざかっているし、大森小学校の恒例ワークショップも近づいているし、金策と支払いという1ヶ月に1度の高いハードルをクリアーしなければいけないし、すぐに「工場へこもって制作三昧」というわけにいかないところがむなしい。

だいたい7月の終盤は山陰二紀展があるのでワイフはそれに出品する彫刻を造る。
私は時期的に制作の余裕がないから出品しない・・と、それも理由の一つだが、ほかにも幾つかのまたまた「自己虫オヤジの身勝手な」考えがあって出品しないことにして、もう10年は過ぎたのではないだろうか・・・
そもそもこのグループ展のスタート時点では、公募団体二紀会の下部組織でも支部でも何でもない普通に美術がスキな同好の士が集まって制作発表をし、加えて作家の身内や親戚縁者や近い友人、職場の友など、地元地域に根付いた美術愛好家とその周囲の制作研鑽と鑑賞交流会的意味合いが強かったと記憶している。
制作者が、上下の隔てなくお互いにお互いを認め励まし感想や意見を出し合って次の制作や発表への手がかり足がかりに出来るような発表会的グループ展であった。

山陰地方の美術芸術は、比較的閉鎖的で派閥志向の強い環境にあって、それは今でもそう大きく変わっていないと思う。俗に云う、「中央」であるところの存在に対してそれぞれの派閥がお互いを牽制しながら研究会的展覧会を開催運営するという、公募美術団体の地方支部展として地域に根づいている。
私は、どうもそういうタイプの組織的活動が苦手で、「まずは、◯◯ありき!」という、事前に仕立てられたレールへ乗ることが出来ない方なのだが、唯一二紀会の彫刻部は、そういうワガママ者の我儘な行動の殆どを黙認してくれて泳がせてくれた緩さと懐の深さを持っているように感じたから、島根にUターンした直後から現在まで強いシガラミもなく自由に制作を続けさせてもらっている。
その二紀会が社団法人の改変をすることになってからあとが、どうもシックリいかなくなって、気がつけば、他の既成の美術団体同様、本部と支部の組織構造が出来上がって、同好の士が集まったグループ展のようなゆるくて楽しい展覧会にならなくなっていた。1年の中で数ヶ月にも渡って心血注ぎ悶々と制作を続けた記念すべき作品が、一人の講師の一日数分の講評で大きくどうこう変わるわけもない。
制作の背景にはそれぞれ違った制作者の環境や感性や感動があってそれがその時々の技量で具体的な表現としてに昇華しているわけで、センスと技量が適度なバランスを維持しながら向上するところに制作者のブレのないスタイルが出来上がる。
表現の伸びしろはひとそれぞれでとてもデリケートなものだ。
当たらず触らず付かず離れず・・例えばそういう、緩い付き合いの継続も大事だと思う。

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