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工房むうあと鉄の手仕事

鉄の彫刻家、吉田正純の手仕事、彫刻や展覧会の紹介、万善寺住職活動など、さまざまな日常を公開します。

豪雨のあと 

2017/08/15
Tue. 23:54

棚経最終日の前夜は強烈な豪雨だった。
梅雨の雨以来、今年になって飯南高原最大の雨がひと晩降り続いた。
本堂の寄棟屋根から四方に向かって流れ落ちる雨水が境内や庫裏の壁を一晩中叩き続けて眠れないまま夜が明けた。

往時は広島方面から出雲大社への参詣街道でもあった出雲街道が神戸川の上流に沿って付かず離れず続く。
街道沿いに幾つかの集落が点在していて、小規模の城下町や市場町や宿場町が形成され、その面影が現在に残る。
万善寺は代々の檀家総代宅がある市場町とその周辺をぐるりと回って、棚経の90%が終わる。
ひと晩続いた豪雨のあと、のこり雨が降る中、裸足に雪駄履きで万善寺を出発した。
2〜3軒回るうちに雨も上がったので、足袋をはいた。
「この前の台風の雨より昨夜がすごかったですけぇ〜。川の増水も今年一番で、丸太がうちの下の護岸に衝突したりして眠れませんでしたがぁ〜・・」
側溝の排水も許容を越えていたし、いたるところでめくら打ちの排水管から真横に雨水が吹き出していた。

いずれにしても、これから2日間は、本葬仏事の主喪充て職で朝から夜まで葬儀会場の寺院へ張り付くことになる。
その次の日が万善寺の今年一番の大イベントである施食会と大般若会と塔婆回向がある。
先代住職が当初バラバラの3つの仏事を、内室の助言に折れて一つにまとめてしまったのは、私が寺を出て一人暮らしをしていた頃のことだった。理由は簡単で、年々減少する仏事へのお参りの数が、「一つにまとめたら昔のように増えて賑やかになるはずだ!」という、いかにも打算的で俗物的な内室の浅知恵に乗ってしまったことによる。
仏事に限らず、それぞれそれなりに意味も訳もある行事を一つにまとめて統廃合してしまうと、次にそれをもとに戻すことは至難の業でかなりの説得力とエネルギーが必要になる。大きな行事にはそれなりの経費もかかって収入も増えるが支出も増える。結局、万善寺運営も、その後数年の間にどんどん厳しい経営状態になり、ほぼ、時を同じくして先代住職の病気発病となり、万善寺がいっきに消沈した。

厳しい現実を粛々と乗り切っているヨレヨレ住職だが、今年のお盆仏事は今までにないほどの厳しさで毎日が過ぎた。
唯一の救いは、豪雨の後に半日ほど草刈りが出来て、かたちばかりのことだが、お盆のお墓参りも出来たこと。
万善寺ご本尊の千手千眼観世音菩薩さまは、ボクを見放さないでくれたようだ。
母親の俊江さんの真新しい墓石には、前日に墓参りをしてくれたじゅん君が少し多めに線香をお供えしてくれていた。古道の面影を残す参道は豪雨の渠が刻まれ、墓地の土には大粒の雨痕が一面に広がって残っていた。
お参りの粗品を毎年手造りしていたが、今はその気力も体力も無い・・・

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