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工房むうあと鉄の手仕事

鉄の彫刻家、吉田正純の手仕事、彫刻や展覧会の紹介、万善寺住職活動など、さまざまな日常を公開します。

荘厳のこと 

2017/08/21
Mon. 23:03

朝の涼しいうちに本堂の荘厳を解いて片付けた。
坊主の・・というより、私個人の趣味というか美意識というか、そういう主観的な要素が多分に入っていると思うが、どうも荘厳の派手派手さに馴染めないところがある。
錦糸の両山紋とか、五色幕とか、朱塗りの高茶台とか、あげればキリがないほど大小の仏具什器には、それぞれにそれなりのいわれもあって大事な装いであるのだが、揃ってそれらを荘厳すると、その派手さが空々しいものに思えてしっくりいかないところがある。

憲正さんが、何かに取り憑かれたように荘厳作務をしていた頃を思い出す。
一つ一つ、それはそれは丁寧にタップリと丸一日は使って延々と本堂にこもっていた。
それが、ある意味彼自身の信心の姿であり修行の現れであるところもあるから、手伝いもギリギリまで控えて、云われたように云われたことをするだけに留めていた。
私が本堂に居るということもあまり好ましくないような雰囲気が漂っていたので、彼の身体が弱って動かなくなってほとんど1日中寝て過ごすようになった頃から、少しずつ荘厳作務を引き継いだ。憲正さんがあまりに自分一人の世界に入って黙々と荘厳にとりかかるものだから、引き継いだ当初は事の前後が何が何やらチンプンカンプンで、やたらに無駄な動きが続いて困った。どうやらこうやら見た目の形を整えてお伺いをたてると、ヨチヨチ本堂へやって来てダメ出しが出る・・・こういうことが数年続いたあと、彼は意識してのことだろう、万善寺仏事のある時は本堂へ顔を見せなくなり、私が居るときも口を出さなくなった。
憲正さんの代で、本堂の仏具什器から鳴り物に至るまで殆どが古いものから更新された。そういう寺院経営の様子を見ても、荘厳の重要性と目指す先のあるべき姿を彼なりに定めていたのだと思う。

万善寺の隣近所のお寺では、荘厳の一式を仏具業者さんへ一任して済ますところがあるし、お檀家さんの護持会へ奉仕作業を依頼されるところもある。いずれも、それなりの支出になって資金が絡むことだが、収支が安定しているから出来ることでもある。
今思うと、憲正さんはある意味幸せな坊主暮らしを貫いたひとであった。自分の意志で自分のペースで、誰に気兼ねもなく納得できるまで荘厳に集中し、その達成感を噛みしめる。仏事のあとの撤収も、最後まで自分で責任を持って終了し、それら一連の流れをただ一人の弟子(ボクのことです・・)に託し、万善寺山風として伝える・・・それはそれとして、ある意味正当な継承となっているのであろうが、託された我が身としてはなかなかに重労働であって、予測できない未来の事態に悶々として修行どころではない。

とにかく、ひとまず、1年に2回の大掛かりな荘厳が片付いた。来年からは、こういう荘厳がもう1回増える。自分でまいた種だから自分で刈り取るしか無い。
なんだかんだいっても結局はどこかしら憲正さんの弟子でいられているなぁと荘厳を片付けながらそう思った。そしてあの空々しい派手さの不具合の元が何か分かった気がした。
寄棟お堂造りの質素で簡素でシンプルな佇まいの万善寺本堂に、あの荘厳はコーディネートに無理があるのだ。
美的調和の不具合が現住職の心をざわめかせてしまうのだ・・・

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