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工房むうあと鉄の手仕事

鉄の彫刻家、吉田正純の手仕事、彫刻や展覧会の紹介、万善寺住職活動など、さまざまな日常を公開します。

吉田家の玄関 

2017/08/31
Thu. 23:35

吉田家の暮らしに少しほど慣れた・・・というのもおかしな話だ。
たぶん、こういう違和感がまだ健在だった母親が暮らしていた頃の万善寺へ帰った時に感じていたものと同質だったのだろう。
自分の自由が効かなくて、どことなく無理をしたり我慢をしたりしているところがあった。

母親が死んで、万善寺のアチコチに手を加え始めたら、それはそれで際限がなくなっていまだに収集のつかないままでいるが、それでもどこかしら自分の責任ですべてを仕切っていると、それなりに気持ちの開放感のようなものがある。
寺の草刈りのことも、肉体的なつらさはあるが、自分の好きなように自分のペースでコトをすすめることが出来て、ずいぶん気持ちが楽になった。
ユキちゃんの彫刻制作と寄宿暮らしのことも、母親が居たら100%不可能なことだったろう。
庫裏を開放したギャラリーも、机上の構想ばかりが先走って実現に到ることもなかっただろう。
万善寺の身内のことだけでどれだけ自分が萎縮していたことか・・・この半年でよくわかった。

吉田家暮らしが再開すると、私がいない間のワイフの暮らしの痕跡がアチコチに残っていて、それはそれで特に気にすることでもないのだが、やはりどこかしら自分の居場所が随分と狭まっていることに気付く。
巨大な新しい猫タワーが鎮座していたり、通販で買ったらしいソファーベッドがリビングを占領していたり、食卓の半分以上がワイフの持ち物で溢れていたり、それに、ボクの大事なデスクトップが部屋の隅へ片付けられていたり・・・
まぁ、一つ一つは他愛ないことなのだが、やはりどこかしら自分の居場所が定まらないで落ち着かない数日が続いた。

今頃になって少しずつ吉田家の新しい(と言ってもいいだろう・・)環境になれてきたものの・・・玄関の引き戸が格子戸に変わっていたことと、板戸へ真新しい鍵が着いていたことは想定外だった。
「これが玄関の鍵だからね。私がいない時はこれで鍵あけてね♡!」
そういって、小さな鍵を渡された時はなんとも複雑な気持ちだった。
家に男がいないことの不安があったのかもしれない。
そういえば、憲正さんが死んで一人暮らしがはじまった母親は、何かというと玄関へ鍵をかけてガラス戸を締め切って薄暗い庫裏の真ん中の部屋で1日を過ごしていて、ひどい時は、夜の常会から帰るとすでに施錠されていて庫裏を締め出されたこともある。

「玄関開けてくれない?中に入れないんだけど・・」
夕方に寺から帰宅すると吉田家の玄関が開かないから、玄関外でワイフへ電話した。
「アレ??玄関あかないの?」・・・しばらくしてワイフが土間をドタドタ走ってきた。

IMG_2193.jpg

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