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工房むうあと鉄の手仕事

鉄の彫刻家、吉田正純の手仕事、彫刻や展覧会の紹介、万善寺住職活動など、さまざまな日常を公開します。

窓越しの保賀の谷 

2017/12/30
Sat. 23:30

年末のこの時期に、朝から青空を見ることができた。
寺のことだから仕方がないが、この数日、薄暗い台所の即席寺務所に引きこもって書類ごとに没頭していたから、身体が芯まで冷え切って気持ちが湿っぽくなっていたところだった。
例のごとく、数少ない気晴らしも含めてモーニングコーヒーを入れたり、食器を洗ったりしていたら、いつの間にかお昼近くになっていた。
AppleWatchで天気情報をチェックしたら、なんと飯南高原が気温7℃になっている。
万善寺の暮らしでは、絶好の外仕事日和だから、一気にコーヒーを飲みきって素足のまま長靴を履いた。

まずはストレッチ代わりの境内の庭掃きで、固まった節々を柔らかくして、それから参道を下りて保賀川を渡って、保賀の谷の向こう側にある松の若木を採りに行った。
数年前まで真砂土の採土場だったが、おおよそ採り尽くして閉山した後の腐葉土も何もないむき出しの真砂土斜面にマツクイムシの被害で生き残った松の種が根付いた。
保賀川のこちら側は、万善寺の裏山から谷を二つばかり越えた先までマツクイムシに殺られて、それこそかろうじて生き残ったのは境内の松くらいのものだった。
昔は、年末に雪をかき分けて寺の裏山へ少しほど入り込んだら、どこにでもオノレ生えの若松が無尽にあったが、今はそれも完全に絶えてしまった。
昨年は例年並みに雪が積もっていたから、谷の向こう側へ行くことができなかったので、寺の用事の合間を縫ってワザワザ雪の少ない石見銀山の近所まで結界君をすっ飛ばして松の若木を採りに出かけた。寺を出る時、まだ生きていたおかみさんが、「この時期に寺を空けて、どうせ、石見銀山の家まで行くつもりだろうが、寺のことも考えてもらわにゃぁいけんけぇ~ね~!」と私の背中に毒づいていたことを思い出す。

採土場へ続くトラックが往復していた砂利道を伝って、重機が回転していた幾つかの平地を越えて、昔棚田があった小さな谷のどん詰まり辺りまで登った。
その先をそのまま登りきると山の頂上にテレビ塔があったが、今はケーブルテレビに変わって、テレビアンテナが用済みになってそのかわりに携帯電話各社の中継地に変わった。
土嚢袋いっぱいに若松を詰め込んで寺へ引き返して、それから竹を採りに裏山へ登った。雪がないからとても助かった。あとは、ワイフが吉田家裏の梅の小枝とシキビを持参してくれるはずになっている。

庭木の剪定を少しして、春先から気になっていた何年も掃除していない台所のガラス窓を取り外した。おかみさんが生きているうちは台所を牛耳っていたから手を出せないまま過ぎていた。アルミサッシの溝いっぱいに土蜂が巣を作っていて、幼虫が数匹年越しをしていた。ガラス窓の掃除を終わって元の状態に戻すと、信じられないくらい窓越しの視界がクリアーになっていた。
少ししてワイフがやってきた。立派な鏡餅が出来ていたし、しめ縄も持ってきてくれた。しばらくしてワイフが帰っていった。
冷蔵庫にはお正月用の食材がビッシリ詰め込まれてあった。

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