FC2ブログ

工房むうあと鉄の手仕事

鉄の彫刻家、吉田正純の手仕事、彫刻や展覧会の紹介、万善寺住職活動など、さまざまな日常を公開します。

デッサン力 

2018/01/25
Thu. 22:08

安西水丸さんが死んだのは、確か4〜5年前だったはずだと思って調べたら、2014年だとわかった。もうすぐ7回忌を迎える。水丸さん死ぬのが早すぎ!・・・と残念でならないから、毎年この時期になると思い出してしまう。
あの人を最初に知ったのはキネマ旬報だった。
キネマ旬報は1ヶ月に2回刊行されていて、読むこところがいっぱいあったから、10日間がアッという間に過ぎて、その本が1冊あれば退屈しなかった。新刊が出ると、最初に水丸さんの記事を読むことにしていて、それが楽しみでしょうがなかった。
なんとも味わい深い絵で、誰にも真似することが出来ないはずだと今でも思う。

自分のことを云えば、あまりにも長くデッサンとか絵を描くことの勉強をしすぎてしまったと思っている。
自分で自分のことは言いにくいが、先も見えて死ぬ時も近くなるばかりだからもうそろそろいいかなと思って言わせてもらうと、「ボクはどちらかといえばデッサンが上手だ」と思っている。あまり何も考えないで、見たものをコツコツと紙に置き換える作業になると、どこかしら無心になれていたりして、普通に癖のない破綻のないデッサンになる。決してかっこいいデッサンではないが、下手なデッサンでもない。彫刻家のデッサンはソレのほうが良いと思う。
誰が見てもかっこいいデッサンを描くとか、味のある癖っぽいデッサンを描くとか、そういう人は絵描きになったり、水丸さんのようにイラストレーターになったり、平面系の方が向いている。自分にはモノの構造や全体の構成を確かめたりするためのデッサンになることのほうが大事なことで、彫刻の手がかりにその手間を一つはさむことで彫刻の制作に迷いが無くなる。デッサンの役割はそのくらいで十分だと思っている。

吉田という存在を知っているくらいの狭い世間で彫刻の話題になると、自分の彫刻について、便宜上「どちらかといえば、抽象彫刻ですかねぇ〜」と答えるようにしている。
自分では、特に具象とか抽象とかを区別して彫刻を造り分けている気もないが、周囲が無理をして理解しようとその場の空気が重くなってしまうのもどうかと思うし、いちいち具象抽象の定義のようなものを解説するのも煩わしいし、一般的に私の周辺で造形の概念を深く掘り下げて話題を振ってくる人もほとんどいないから、俗に云う「わけの分からないモノ」とか「理解できないモノ」は「抽象です!」ということで済ませておいたほうが楽だったりする。これから造ろうと準備している彫刻は、自分の持っている幾つかのテーマの中ではとてもわかり易い彫刻だと自分では思っている。具象であるとハッキリ明言は出来ないけど、どちらかというとわかり易い部類の彫刻の形態や構造は、観る人の知識経験の何かに当てはめて観られることが多いから、自分の持っている感覚を信じて迷いのない彫刻に仕上げておかないと、どこかしら自信のない中途半端な彫刻になって、観る人に不安を感じさせてしまう居心地の悪い彫刻になってしまう。そうならないようにするには、やはり、自分が納得できるまでシッカリ本気のデッサンをしてブレのない造形のムーブマンを定めておかないといけない。
水丸さんのイラストを観ていると、具象性の中に極限まで精査された抽象性を感じてしまう。彼は絶対にデッサンが上手だと思うな・・・吉田なんて足元にも及ばない・・・

IMG_6896.jpg
IMG_6901.jpg

[edit]

CM: 0
TB: 0

page top

この記事に対するコメント

page top

コメントの投稿

Secret

page top

トラックバック

トラックバックURL
→http://tetujin29.blog31.fc2.com/tb.php/2857-1c37bd34
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)

page top

2020-06