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工房むうあと鉄の手仕事

鉄の彫刻家、吉田正純の手仕事、彫刻や展覧会の紹介、万善寺住職活動など、さまざまな日常を公開します。

万善寺ルール 

2018/01/26
Fri. 23:33

土曜日は江津で用事があるので石見銀山へ帰っておくことにした。
いまだに猛烈な寒気団が島根県上空へ居座って、万善寺をすっぽりと包んでいる。
昼間でも−2℃くらいまでしか気温が上がらなくて、深夜には−8℃まで下がったこともある。万善寺でこれだけの寒い冬を経験するのは自分の人生ではじめてのことだと思う。
両親が死んでから万善寺の一人暮らしを続けているが、生まれた時からこの歳になるまで1月1日を万善寺以外で迎えたことがない。坊主という商売柄、こればかりはどうしようもないことで、結婚してからはワイフもこの万善寺ルールへ巻き込んでしまっている。
冬の万善寺には、最低あと2つほど毎年欠かさず守らなければいけないルールがあって、それができなくなった時は、万善寺が無住になった時・・つまり私が死んだ時だと思っていただいて結構だ。
1つは参道の道開け。
寺から道開けをしながら参道を下るか、町道から道開けをしながら参道を登るかの違いがあっても、1日1回は1本道を確保しておかないと雪に閉ざされて寺が孤立してしまう。数年前までは新聞を購読していたから、その配達で毎日寺へ登り降りする1本道を用意しておく必要があった。それで、寺暮らしの両親が高齢で新聞を読まなくるまで毎朝誰かが参道の道開けをすることが日課になっていた。今は、道開けをするものは自分一人しかいないから、こうして石見銀山で朝を迎えると、通勤坊主で町道の脇へ結界君の駐車スペースをつくったら、そこからセッセと1時間位かけて雪をかき分けて万善寺の玄関へたどり着くことになって、それがそのままその日最初の道開けになっている。明日も江津で用事を済ませたらそのまま万善寺へ向かって、参道下から雪中行軍をすることになる。
もう1つは水道の管理。
冬の間は水道の凍結を回避しないと日常の生活が機能しなくなる。もう半世紀も前の小学校時代のことを思い出すと、今年以上の強烈な豪雪の年、まだ万善寺まで公共の水道が整備されていなくて、300m離れた裏山の間歩水を頼りに冬を乗り切っていた。その間歩水が凍結して生活飲料水が何日も途絶えたことがあった。さすがに、子供ながらにその豪雪のことは覚えていて、風呂に入るにも水がないから降り積もった雪をバケツですくって親子三人風呂釜へバケツリレーをしながら風呂を沸かしたし、母親は米を炊くのも料理をつくるのも全て雪を使ってやりくりしていた。その後、公共の簡易水道が万善寺へも伸びてきて水に困ることは無くなったが、一方で、水道管の凍結を予防しないといけないから、それはそれで水の心配をしながら冬の毎日を過ごすことになって、気の抜けない寺暮らしが今まで続いている。今年は、その水道管理に失敗した。私が寺を留守にしていた数十年の間に、水道事情が目まぐるしく変化していた。たとえば、風呂の改修でシステムバスになったり、水洗トイレの新設で合併浄化槽になったり、間歩水のインフラ老朽化で井戸水をポンプアップしたりなどなどで、境内のアチコチに水道パイプが張り巡らされてしまった。今年はその一つのパイプを見逃してしまって凍結させてしまった。もう既に何処かで破裂して水漏れが始まっているかもしれない。
冬の万善寺の一日は特にナニもすることも無いようだが、それなりに手間のかかる維持管理もある。夕方になって3回目の道開けを終わって結界君へ乗り込んでしばらく走っていると、助手席のあたりからカラカラと変な音がしはじめた。気になって確認したら凍っていたボトルのほうじ茶が解け始めていた。寒気に健気に耐える結界君が愛おしくなった。

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