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工房むうあと鉄の手仕事

鉄の彫刻家、吉田正純の手仕事、彫刻や展覧会の紹介、万善寺住職活動など、さまざまな日常を公開します。

昔話 

2018/02/25
Sun. 23:21

2月に入って二つ目の法事があった。
飯南高原の方はまだ雪深くてお参りのご親族も移動が難しくて、そういうこともあって始まりの時間がいつもより遅くなった。
いつもの法事は、長い長いお経を2つに分けて2時間ほどかかるところを、一つ通しでまとめて、30分ほど時間を短縮した。お墓参りも雪が多くて出来ないから、塔婆の方は春になって雪が消えてから改めて都合を決めることにした。
雪の時期の法事は、坊主も大変だが施主さんもそれに増していろいろな手配が大変なことになるから、お互いの連絡をこまめにしておかないと不具合が出る。結界君を本堂前まで乗り上げることが出来たのもつい先日のことで、いまだに改良衣に長靴を履いてウロウロしている。

お経が終わって斎膳が始まると、やはり雪のことが話題になった。
飯南町の寺のすぐ近くでも、高齢のおばあさんが除雪作業の事故で亡くなった。しばらく連絡が途絶えていたようで、近所の人が屋根の下で亡くなっていたおばあさんを発見されたそうだ。
三日市の町では、水道管の破裂で貯水槽が空になって断水が続いていたそうだ。空き家も多いし水漏れの場所が特定できなくて復旧までに時間がかかった上、貯水タンクが満水になるまで2日かかるそうで、その間は厳しい生活が続いたそうだ。町には県立高校もあって寮生活の生徒もいてそちらの対応に追われたりと、かなり深刻な状況だったようだ。
ちょうどその頃、私の方は雪に閉ざされた万善寺で茶色く濁った上水道とプロパンガスの燃料切れと井戸水の凍結に悩まされていた。

島根県は昭和38年の正月に大雪が降って、想像を絶するほどの豪雪被害があった。
法事に参列の皆さんはその時のことを鮮明に記憶されていて、唯一、施主さんの息子さんだけがまだ生まれていなくて話題についていけなくて困り顔だった。
当時小学生だった私も、あの豪雪のことはよく覚えているから、それに比べると最近の大雪は特に大騒ぎするほどのことでもないまま乗り切っていた。しかし、今年の場合は、今までに経験がないほどの冷え込みが続いて、それが大変だった。長く生きると、時々こういう未経験の出来事がやってきて、それが過ぎて収まって少し冷静になると「アレはアァ〜しておけばよかった」とか「今度からはまえもってコォ〜しておこう」とか、反省の知識になって次に引き継ぐことが出来る。
たとえば、今回の法事の後のように、みんなで昔話をすることも大事なことだと思う。
普段は、年寄りが集まって昔話に花が咲いたりすると「またアノ話がはじまったか・・」とついつい鬱陶しくなってさり気なく席を立ったりすることもあるが、こういう災害の記憶のように、当事者でないと知らない経験も昔話の中にはたくさん埋まっていて、それを知る高齢者はそういう厳しさに絶えて善後策を工夫しながら今に生き続けてきたわけだ。
世間が便利になれば、だれも気付かないうちにその裏で何か大事なものが失われていることもあるように思う。1年ほど前に母親が死んでから、少しずつ手直しを始めた万善寺のライフラインも、まだまだ至る所に手落ちがある。これから先、便利に頼らないで無駄を省いてシンプルに暮らせるまでにはしておきたいものだ。

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