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工房むうあと鉄の手仕事

鉄の彫刻家、吉田正純の手仕事、彫刻や展覧会の紹介、万善寺住職活動など、さまざまな日常を公開します。

墓納め 

2018/04/26
Thu. 23:31

大田市の地震は、その後情報通の「〜〜だげな話し」をまとめると、どうやら石見銀山の幾つかある谷の一つで釜屋間歩の近所が震源地らしい・・・という、もっともらしい話題が住民の一部で飛び交っているようだ。
情報通の中には市役所のリタイヤ組もいるから、まんざら大嘘でも無いような気もするが、本当のことはわからない。吉田個人は俗にいう世間話とか野次馬的情報収集に積極的でないところがあるので、石見銀山の住民を中心に、震源近くで暮らしていて実際に被害を受けた当事者にとってはひとごとでないから微細な情報にいつも以上に敏感になっている時期でもあるだろうそういうことも、なんとなくどこか遠いところの出来事のように感じてしまっている。
一種の余震なのだろうが、忘れた頃にドンと地面を突き上げるような地鳴りと揺れが来ることがある。最初の地震の時は飯も食べないで1日以上も何処かに潜り込んでいたネコチャンズも最近は余震があっても毎日の生活の一部へ組み込まれたように無反応でいることが増えた。私の方は、冬の強力寒波で苦労したこともあるし、念のために高いところの物を降ろして片付けたり2Lの水を常備したりして防災の意識を少しだけ強化している。もうずいぶん前のことになるが、東日本大震災の後にウエブブックで東京防災が無料配布されたことがあって、そのときダウンロードしておいた本を今更ながら読み返したりしている。

さて、愚図ついていた空も、少しずつ青空が広がって春風の爽やかさを通り越して暑さを持て余すくらいになってきた。
もう2年ほどは前からのことになるだろうか?・・・随分前に絶縁になった万善寺の檀家さんがあって、その遠いご親族が細々とお墓を守っていらっしゃったのが、そろそろそれも限界だということで墓納め(墓仕舞い)を思いつかれた。
前住職の頃は、役場も特に込み入った書類様式があるわけでもなくて、当事者と菩提寺のお茶飲み話程度のことでそっくり何とかしてお経を一つ読んで済ませていたようなことが、平成の代になった頃からしだいに面倒なことになってきて、それで結局誰が何をすることもなくモタモタと時間だけだ過ぎて、それこそ同じことの繰り返しを電話で話したり話されたりして先に進まないから、田舎坊主の無い知恵を絞って、必要な諸経費を中心に年回を割り出したりして具体的な費用を数字に置き換えた。俗に言う永代供養のようなものなのだが、仏教の世界も何かしらのたたき台が用意されていないと話しにならないような時代になって、今更「信心」がどうこう云うほどの心の余裕もなくなってしまった。
それで、そのデータを元にクドクドと説得のような話を繰り返して、納得されたかどうかわからないまま、粛々と一つ一つの決まり事を終了して、万善寺の舎利棚殿へ納骨の仮安座を済ませた。
もちろん、遠方であるからとか、仕事の用が外せないとか幾つかの理由があって縁者の参列は無い。墓石の始末を依頼した石屋さんと一緒に拾骨をして、お骨をまとめて火葬にして、骨壷ひとつに集めて、それに付随した供養のお経を読んだ。
こういう一連のおつとめが、丁寧なのか粗末なのか比べる対象が無いのでなんとも曖昧なままなのだが、それでも何もしないわけにもいかないし、そういうことで1日が終わる頃には、白衣や襦袢が自分の流した汗で湿るほどだった。

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