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工房むうあと鉄の手仕事

鉄の彫刻家、吉田正純の手仕事、彫刻や展覧会の紹介、万善寺住職活動など、さまざまな日常を公開します。

聖地 

2018/04/29
Sun. 23:47

この1週間で落葉樹の新芽が一気に開いた。
やわらかな萌黄のグラデーションが中国山地一面に広がってマイナスイオンが満ち溢れて降り注いでいる。
街道沿いの斜面では、所々に山吹や山藤が咲き、春の花が入れ替わってきた。

そろそろ結界くんから銀くんへ代わって1ヶ月になる。
いまだにシフトチェンジが慣れなくて緊張しているが、燃費だけは良くなった。ワイフが助手席へ乗るたびに、シートがフカフカで座り心地が良いと云う。私には、実はそれがいまひとつ気に入らない。前の結界くんのほうがガッチリしていて業務用のハードな使用に耐えられるつくりだったと思う。今の銀くんは、見た目はいかつい今風の悪人面にまとめられているが、中身は限りなく乗用車仕様になって軟弱に動く。いずれにしても、多少の不満はあっても、とにかくそれで慣れるしか無いから、少しでもはやく銀くんがボクの相棒で欠かせない存在になってくれるよう努力するしかないと思っている。

それはまだ、4月のはじめで山桜が咲いていた頃。
銀山街道沿いにある平屋の家にユンボが入った。
その家は、昨年の初夏頃のことだったろうか・・・お葬式があった。万善寺との往復で、その参列に遭遇したからよく記憶している。浄土真宗のご院家さん2人ばかりが葬列に混じって、これも銀山街道のすぐ脇にある寄せ墓へ移動中だった。
前日の夕方、万善寺をすませて石見銀山へ帰宅する途中には、周辺の住民がご親族に混ざって喪主家の坂道にあふれていた。通夜が始まる少し前の頃だった。
お葬式の次の日、その平屋前を通過すると、寄せ墓には生花がビッシリと供えられていて、庭先に乗用車が2台停まっていた。そして、また次の日通勤坊主で通過した時は2台の乗用車が無かった。
たぶんその平屋は、その日を境にして空き家になったのだと思う。
1年足らずの間にユンボが入って平屋が1軒解体されて更地になったわけだが、それにしても、まれに見るハイペースのことだった。その絶縁の家は、1周忌の法要を待たないまま暮らしの痕跡も消えて、山野に帰った。街道脇に残された寄せ墓もこのまま野ざらしの無縁墓になっていくのだろうか・・・

たぶん、カトリーナだっただろうか?・・・猛烈なハリーケーンの直撃を受けて壊滅状態になったJAZZの聖地ニューオリンズへノッチが旅行したようだ。フロリダからは飛行機で1時間位らしく、東京羽田と出雲空港でも1時間半はかかるから、旅行といっても現地では「チョットそこまで・・」という感覚なのだろう。
JAZZというと、お父さんの聖地はライブは新宿ピットイン(昔の場所ね・・・)、喫茶とバーは新宿のDIGとDUG(今もあるのだろうか??・・)だった。
私とJAZZの出会いは18歳で上京してからあとのことだった。バイトの金を貯めてTEACのドルビー付きカセットデッキを買ってから、PIONEERのプリメインアンプ、DIATONEのスピーカー、それにDENONのダイレクトドライブプレーヤーと、お金を貯めては買い揃えながら、少しずつJAZZにのめり込んでいった。

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