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工房むうあと鉄の手仕事

鉄の彫刻家、吉田正純の手仕事、彫刻や展覧会の紹介、万善寺住職活動など、さまざまな日常を公開します。

家族焼肉 

2018/05/04
Fri. 23:19

5月3日は、東京も島根もけっこう風が強くて、キーポンが乗る飛行機が飛ぶかどうか心配していたら、「このくらいだったら普通に飛ぶわよ!」とワイフが平気なことを云うので「そんなものか・・」と思うようにした。
私の人生で飛行機に乗ることは、やっと2桁くらいになったかどうかだが、ワイフは学生の頃にヨーロッパ旅行をしたりして経験が豊富だ。じゅん君もオヤジとドッコイくらいだと思うから、どうも吉田家の男組は飛行機とは縁のない人生のめぐり合わせになっているのだろう。

出雲空港へ到着したキーポンは、いつもと変わりない様子だった。
飛行機が揺れたかと聞いたら、そうでもないようなことを云っていた。

途中で業務用スーパーへよって買い物をしたあと、ワイフが予約しておいた焼肉屋へ直行した。連休で帰省中のじゅん君も誘ったのだが、彼にとっては家族より友達との付き合いが大事なようでそちらを優先して焼肉は不参加。
その焼肉店はもう2年近くご無沙汰だと思う。モツとか上カルビとか、日頃口にできないものを久しぶりに食べた。上カルビはあまりに久しぶりすぎて、どんな味だったか思い出そうにも覚えていない。美味いのかどうなのか比べようがないまま一皿がアッという間になくなった。
ワイフの方はほぼ1年ぶりの再会だと云うのに、いつもと変わりなく日常の会話が淡々と過ぎた。最近は家族の間にSNSが浸透して情報の停滞が殆ど無いからなのかもしれない。

寒い時は熱燗ということで、2本めを頼んで飲み始めたところで電話が鳴った。着信を見るとお檀家さんからだった。商売柄、この時間帯の電話はあまり良い知らせではない。
案の定、訃報だった。
「今日の夕方、おじいさんが亡くなりまして・・・」
電話の主はお孫さんだった。亡くなったおじいさんは、もう10年以上顔を見ていない。とても元気な人だったが、確か、奥さんに先立たれてしばらくして骨折をされて、それが元で介護施設に入所された。それからあとは1年の節目には時々帰宅されていたようだが、思うように身体が動かないものだから、自然と施設暮らしが続くようになって、結局息のあるうちに自宅へ帰ることができなかった。
125ccのバイクに乗ってとにかく元気な方で、万善寺へもよくお参りされて、前住職夫婦とは庫裏の縁側でよくお茶飲み話に花が咲いていた。将棋は地元限定の名人級で、介護施設では負け知らずだったらしい。とにかく、最後までポジティブにアクティブに生き抜かれた方だった。行年は大正6年生まれの102歳だった。

お酒を飲んでいるし、すぐには枕経をおつとめできないから、4日早朝に石見銀山を出発した。
キーポンは、私の横で布団代わりのシュラフに包まって爆睡している。
立派な成人になって、保育士になってゼロ歳児や1歳児をあずかっているのに、いまだにオヤジの布団へ潜り込んでくる。

IMG_0819.jpg

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