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工房むうあと鉄の手仕事

鉄の彫刻家、吉田正純の手仕事、彫刻や展覧会の紹介、万善寺住職活動など、さまざまな日常を公開します。

仮通夜の夕方 

2018/05/05
Sat. 23:29

島根県全体がどうか分からないが、飯南高原では5月の連休が田植えの最盛期にあたる。
この近年は兼業農家がほとんどで、若い農業従事者はだいたい町役場を代表とする公務員か社協や福祉事務所などの外郭団体や、農協や郵便局へ勤務して地元に残る人とか、県境を越えて広島県にある企業へ就職して通勤する人が多い。だから、平日は農作業が出来ないからこうして5月の連休のような祝祭日と土日を農業に当てて、一気に農繁期の仕事を終わらせることが常識になっている。

102歳で大往生されたおじいさんの葬儀は、自治会の話し合いで5月の連休中の土日に行われることが決まった。喪主であるお孫さんが広島の企業に就職していて、そのこともあったし、荼毘の日程上そうせざるを得ないという事情もあった。
万善寺では、通夜が先に延びた場合は、その日が来るまで夜伽を兼ねた仮通夜にお邪魔することにしている。農作業の地域の事情もあって、仮通夜は家族だけの近親者で済ますことになった。

葬儀があるといつも思うことだが・・・長生きの大往生は本人や家族にとって本当に幸せなのだろうか・・・?
長い間介護施設へ入所されていたご本人は、所内で親しくされていた職員や友人に見送られての旅立ちだっただろうが、これだけ長生きされると、たとえば生前の仕事仲間だとか、学校時代の同級生だとか、地域で親しかった老人会だとか、その上、気がつけば家族親族も先にいなくなって、ご自分一人があとに残されてしまっていた・・・などという、寂しい旅立ちである場合が多いと思う。

順当にいけば、年長者から順番に死んでいくことが一番幸せなことだと、あの一休宗純禅師もおっしゃっている。
智光正純和尚は、元々友達もそれほど多くないし、身内家族も離れて暮らしていて、ワイフともだいたいがニコニコ別居の暮らだし、一人暮らしの寂しさをあまり感じることもなく毎日を生きているから、自分の周囲に誰もいなくなっていたとしても特にこの世に未練を感じることもなく、また、周囲に惜別の悲しみを抱かせることもなくさりげなく死んでいくことが出来る気もする。
人が死ぬということは、やはりその人だけのことでもなく周囲の動揺を避けることが出来ない人生の大きなイベントの一つであることは確かだ。今のうちから、まわりに迷惑をかけないように自分の身辺を整理してシンプルに暮らすことを心がけたいものだ。

仮通夜は通夜というよりはまだ明るすぎるほどの夕方になった。
自治会の参列者もなく近親者だけのことだから、夜の時間に余裕があったほうが助かるということだった。
「特に強制というわけでもないですが・・・もし、出来るのなら、線香蝋燭は絶やさないでいただけるとよろしいかと・・・まぁ、夜伽とはそういうものだと思っていただくと、故人も喜ばれる気もいたしますが・・・」
そう言い置いて、当家をあとにした・・・

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