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工房むうあと鉄の手仕事

鉄の彫刻家、吉田正純の手仕事、彫刻や展覧会の紹介、万善寺住職活動など、さまざまな日常を公開します。

ハチクの頃 

2018/06/01
Fri. 23:52

居間の引き戸を開けたら、買い物袋からハチクが5・6本覗いているのが見えた。
そういえば、万善寺墓地への参道脇でハチクが何本か伸びていたのを思い出した。
いつの間にか筍がモウソウからハチクへ変わっていた。

いつもの懐石盛りへハチクと納豆入り油揚げステーキが加わって、なかなか豪華な夕食を堪能していたら電話が鳴った。
「今大丈夫ですか?夜分にすみませんん・・・」
夜の8時だと、まだ夜分と云うほど夜が更けているわけでもなかったが、日の出とともに働き夕方暗くなったら1日の仕事を切り上げる田舎のお百姓さん的日常だと、普通に夜分と云ってもおかしくない時間ではあった。
電話は、飯南高原から広島県との県境に近い隣町の同じ宗派寺院のご住職からだった。こういう時間帯で方丈さんからの電話はだいたいが訃報絡みのことだ。
「昨日、うちのお檀家さんが亡くなって、お葬式のお手伝いをお願いしたいんですが・・・土・日になるんですけど、お忙しいでしょうねぇ〜・・・」
なんか、とても申し訳なさそうに低姿勢の電話だったが、だいたい年中暇な万善寺は土・日だからと云って特に忙しくもないから、その旨伝えると、早速通夜から葬儀までの具体的スケジュールの話になった。
「週末は寺泊になるなぁ〜・・・」
ボンヤリと、そう思った。

数え歳で米寿になるおばあさんの往生だった。
その施主家は、元々万善寺のお檀家さんだったのを、当時の住職との折り合いが悪かったのと、一家転居で隣町の現在の場所へ移られたのを契機に離檀されて寺院替えされた。昔は、住職の無体な横暴も頻繁だったろうから、離檀はそれほど珍しいことでもなかったようで、万善寺の過去帳をみてもそういう様子がそのまま記録されて残っている。今の時代は完全に個人情報非公開が常識となっているから坊主の方でペラペラと施主家の内情をしゃべることもないが、役場の戸籍情報とドッコイくらいのデータが記載されていることだけは確かだ。

最近は一般大衆の宗教観が大きく変化して、仏教離れが加速しているふうに感じる。
平成の時代になった頃だったと思うが、JAが葬祭業務に本腰を入れはじめて、その後数年の間に「虹のホール」が一気に増えた。最近では僻地での葬祭へもJAの移動葬祭が定着してきはじめて、そうなると、地域の自治会単位で行っていた葬儀の手間替えが軒並み消えていった。万善寺のある保賀自治会もすでに移動葬祭になっている。坊主の身としてはどうもすんなりとこういう営業職の強い葬祭業のシステムを受け入れにくかったりするのだが、時代の大きな流れに逆らうことも難しくて、まさに、万善寺の先代住職夫婦の葬儀も、現住職(ボクのこと・・)の力不足と地域事情で、JA移動葬祭主導の形骸化された檀家葬になった。
正純和尚としては、在家坊主ながらもお釈迦様の教典を信心の根本として日常の大事や無事に向き合っているわけで、法事坊主ばかりをセッセと務めているわけではないと思っているのだ・・・

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