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工房むうあと鉄の手仕事

鉄の彫刻家、吉田正純の手仕事、彫刻や展覧会の紹介、万善寺住職活動など、さまざまな日常を公開します。

雨の万善寺 

2018/06/11
Mon. 23:32

夜中に雷で目が覚めた。雨もかなり激しく降っている。
万善寺大般若会のご案内を飯南高原に点在するお檀家さんへ個別配布しようと印刷まで済ませておいたのだが、朝からあいにくの悪天候でボクの心は折れそうになった。
天気のことだから坊主の神頼みも当てにならないし、俗人ナンチャッテ坊主の仏頼みはもっと当てにならないし、モーゼさんとか弘法大師さんのように奇跡を起こせるわけでもないし・・・夏シーズン用のシュラフに包まって眠れないままゴソゴソしていたら、部屋の何処かでクロが「フニャァ〜〜」と小さく鳴いた。
クロは、手乗りの小さな頃から吉田家に同居するようになったから、猫らしくない猫に育ってしまった。それでかどうかわからないが、飼い主のボクに似て内弁慶のチキン猫になったものだから、このくらいの雷でもけっこうビビっていたりする。あいつのビビっているようすが気になって余計に眠れなくなったので、ウエブ配信のラヂヲを流して、それを聞きながら寝ることにしたのだが、結局まともに眠れないまま朝になった。そしてその頃には雷がいつの間にか収まって雨だけが激しく降り続いていた。

V字に切り立った山並みの谷底を流れる江の川の支流に沿って銀山街道を飯南高原まで登り続けると、勾配が緩やかになったところから飯南高原が始まって広がる。ちょうどそのあたりから正面に見える山の尾根には戦国時代の山城跡の石組みと平地が遠望できる。
飯南高原は石見銀山で精錬された銀を尾道まで運搬する陸路のちょうど中程で、ソコを過ぎると中国山地の難所を越えて瀬戸内側の広島県に入る。そういうところだから、銀が発見されてからは戦国の土着豪族たちの利権を巡っての攻防戦が絶え間なく続いた。山城跡のすぐ下を流れる川は、やがて幾つかの支流が合流して最終的に神戸川になって大社近くの日本海へ注ぐ。

飯南高原は、今でこそ高齢者人口が大半を占めるかぎりなく限界集落に近づいた過疎地になっているが、江戸時代中期くらいまでは、日本の先進工業地帯を支える重要な物流と工業資源の拠点でもあった。
何故か万善寺のお檀家さんは、そういう飯南高原のいちばん端っこの辺鄙なあたりを選んだように点在している。雨が降っても軒下を使えば濡れないで托鉢ができるほどの町の中心にある近所の同宗寺院がこういうときほど羨ましく感じることはない。
いつもより、30分は余計にかかっただろうか・・・昼近くになってやっと全て戸別訪問でご案内を配り終えて万善寺の境内へ到着したら、リーバイスの裾がグッショリ濡れてそのまま座敷に上がることも出来ないから、まぁ、自分の他に誰もいないし庫裏の玄関先でパンツだけになった。それから、1合の土鍋でご飯を炊いて、そのあいだに冷凍庫に保存中のワイフが持たせてくれた蕗の佃煮を解凍して、またその解凍中にコーヒーを淹れたりして、そんな感じで昼食にした。
午後からは、本堂へこもりっぱなしで荘厳を整えた。外は雨だから、かえっていつもより集中できた。はしごの上り下りを数え切れないほど続けたから、それが膝に応えて後半はかなり辛かったが、現状の万善寺の荘厳関係の備品としては、ソコソコの出来栄えになったのではないだろうか。近所のお寺さんでは仏具屋さんとかお檀家さん青年部へ委託することもしているらしい。ボクの自力で荘厳できるのもあとどのくらい先までだろう?

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